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小6から中1になる春休み、やっと「横山図鑑」を手に入れた。欲しくて欲しくてたまらず、両親や祖母、親戚からもらったお年玉をずっとキープし、仙台まで連れて行ってもらって買った。
思えば、何かを手に入れるために計画的に金を貯めたっていうのはこのときくらいのもの…。 真新しい図鑑のページを繰るときのあのちょっとひっかかる感触がなんともいえなかった。毎日飽かず眺めた。特に気に入ったのが増補の部分で、そこに「チョウセンアカシジミ」が載っていた。解説によれば最初に岩手で発見されたチョウであるという。「凄い!」と思った。 何せ「日本のチベット」と称された岩手県である。そこに住む者として少なからずコンプレックスがあった。だから、たとえちっぽけなチョウチョでも、岩手で初めて採れたということは、そのコンプレックスをいくらか軽くするものでもあったのだ。 その日以来、「龍泉洞」はボクにとっての聖地になった。同じ県内なのに、当時、盛岡まで急行で2時間、山田線に乗り換えてさらに盲腸線の岩泉線で浅内まで、接続がうまくいっても3時間以上、列車の本数を考えると、どう足掻いても日帰りのできない所だった。そうこうするうちに、弟の病気の治療で転地を勧められ、おフクロの実家のある宮城に越すことになり、さらに聖地は遠くなった。 高校3年になったとき、1学期の期末試験後の「試験休み」がチャンスだと思った。国体予選までは1ヶ月以上あるから2,3日は部活を同級生に委ねられる。Sに、「龍泉洞へ行かないか?」と声をかけた。「チョウアカ、すか?」、「んだ!」で決まった。 Sはいろいろと調べてくれ(ここがSのいいところで、言いだしっぺのボクは「行きゃ何とかなるさ」の能天気…。今だって…)、スケジュールは出来上がった。 「どごさ泊まんの?」、「洞の前に休憩所があるみでぇだから、野宿でもいいっちゃ…」。 ボクらは長竿を手に勇躍旅立った。朝一番に出て龍泉洞に着いたのが昼前、休憩所に荷物をほっぽり出して、すぐ前の清水川に沿って叩き始めた。「こいづが『トネリコ』だがら…」。そう、ヤツはちゃんと食樹の下調べもしてきているのである。特徴のある木肌はすぐに覚えた。4、5本叩くうちにあっさりと採れてしまった。3頭ほどがヘラヘラと落っこってきたからである。「あおらやぁ~(これは宮城県北の感嘆詞)」というSの声が響いた。川をさかのぼること1kmくらい、あらかたを叩き終えて休憩所に戻った。完品だけをキープしたので2人ともやっと10頭くらいであったが十分に満足できた。 休憩所脇の食堂で遅めの昼食を食べ、「この後は、なじょすんの(どうするの)?」と問うと、「あっちさ入ってみねすか?」と宇霊羅山を指す。今は新洞の入り口になっているところの脇の辺りに道があった。手当たり次第に叩くとゼフが飛び出す。「凄いなや!」とかいいながら登っていくと、でかい葉っぱの木が群生する場所に行き当たった。「あぁ、こいづは『カシワ』だ。ダイセンがいっかも(いるかも)…」。確かに柏餅を包む葉っぱに似ていた。叩いてみてチラチラと飛び出すヤツをネットに入れてボクが叫んだ。「あれ?こいづは『クボウラミスジ』だっちゃ」。そう「横山図鑑」では、「ウラミスジシジミ」、「クボウラミスジシジミ」と分けて載っていたのだった。 (クボ=signata、ウラミスジ=quercivora、というのは、この翌日に出会う仙台一高のチョウ屋、Kが使っていたので、「あっ、そうだった!」と…) 「京浜(昆虫同好会)の人達が書いた『山の昆虫たち』っつ本さ、この裏の模様でaがらzまで集めた人がいんだど。オレらもやってみっぺが…」。夢中になった。「qだ!」、「こいづはsに見えねべが?」。26種類は無理だった。ウラジロミドリやウスイロオナガなどのカシワっ食いのゼフを始め、初めて採ったいろいろなゼフで三角缶をいっぱいにして下りてきた。 「今度は『ヒメジョオン』だがら…」、「何で?」、「『キマルリ』だっちゃ…」。夕刻近くになって、川沿いのヒメジョオンの咲いている場所に出向いた。「いだ!」、Sが叫んだ。「どご?」、「ほれ、そごにたがってっちゃ…」。確かにいた。Sがネットを振ろうとすると、そいつはビュンと舞い上がった。そしてまるでアブのように翔び回る。よく見ると同じように翔んでいるのが2つ、3つ…。慌ててネットを構えるが翔んでいるのにはタイミングが合わない。「止まるまで待だねっけダメだ…」。Sがいうのに、「んだら、あっちさ行ってみっから…」。ボクは20mほど先のもう1つのヒメジョオン群落に移った。じっと見てみると1つ止まっている。それを確認してネットを振ると入った。「採ったどぉ~」と叫ぶと、「オラもぉ~」という声が返ってきた。よく見ると尾状突起が1本欠けたスレだったが、とにかくうれしかった。 休憩所で一泊して朝になり、ボォ~っとしていると、テント場からやってきた2人連れの一方に話しかけられた。「『チョウアカ』ですか?どちらから?」。Sが「オラだづ、宮城県の小牛田がらなんだよね」と答えた。Sはかたくなに「宮城県北弁」を使い通し、状況に応じて「東京弁」を使うボクを冷ややかな目で見るのが常だった。ボクはボクで言語センスの差だと思っていたのだったが…。しかし、やつの宮城弁に彼らは反応した。「えっ?オレら仙台なんだっちゃ~」。話し始めると年も同じ、すぐにうちとけて、4人で田野畑へ転戦することが決まった。 先方のKが前年に田野畑に入っていて、甲地や尾肝要のポイントを知っているというのである。問題は「足」で、岩泉と田野畑は一日に1便か2便のバスしかなく、その日は夕方の5時過ぎになってしまうのであった。 若いということは恐ろしい。すぐに来るという安家行きのバスで峠近くまで行き、歩いていこうとなった。もっとも荷物はみなKたちのテントに突っ込んで、ネットと三角缶だけの軽装だからさして苦もなく、バスを降りて2時間ほど歩いて田野畑に着いた。集落に1軒だけある「喜久屋」という小さな宿に宿泊を頼み、Kの案内でチョウアカのポイントへ出向いた。何てことのない畑の脇の細い2mほどのトネリコがホストだった。成虫はスレてはいたが、メスの中には完品もあった。「オ~イ」とKの呼ぶ声で駆け寄ると、「こいづなんだよね」と幹に産みつけられた卵を示す。それではと辺りのトネリコで探してみると、造作もなく卵塊を見つけることができた。 1泊2食付で1300円の「喜久屋」は、その後5年ほど厄介になったが、ず~っと1300円だった。当主は当時70歳近いおばぁちゃんで、話に夢中になって大声になるボクたちを注意するでもなく、まるで孫を見るような優しい目で接してくれた。また、同宿の大人たちは、長期の工事や行商でやってきている人達で、食事時に「アンチャンら、こっちさ来て一緒に飲んだらいいべっちゃ…」と誘ってくれた。もちろん「まだ、高校生ですから…」と遠慮して、広間のテレビを見ていた。 翌日、朝食後に支払いを済ませ、もう1つのポイントに出向いた。そこに着いたとき、Kの相棒が「あれ?バスは何時だっけ?」と洩らした。「8時20分だっちゃ!」。時計を見ると8時10分、4人はダッシュでバス停に戻ったが間に合わなかった。一計を案じたボクたちは郵便局にまわった。集配の時刻が9時…。これしかないということで、1人が50円ずつ出しあって赤い車を待った。9時にあと5分くらいのところで郵便車がやってきた。バスに乗り遅れて龍泉洞へ戻れない。何とか乗せていってもらえないかと懇願すると、あっさりとOKが出た。 4人で200円の御礼を渡して龍泉洞前で郵便車を降りたのは10時過ぎだった。清水川にかかった橋のたもとに2台のパトカーが停まっていた。橋を渡ると洞の入り口には20人ばかりの人だかりが…。「何かあったんだべか?」と話をしながら近づいて聞いてみると「自殺」だという。ボクらも野次馬の一員になって見ていた。しばらくして洞から出てきた警察官が「『仙台一高』って言ったよね?」と一緒に出てきた人に問うのが聞こえた。Kに「一高の人間だど…」と言うと、驚いて「一高の何てやつですか!」と声をかけた。警察官と一緒に出てきた人が目を上げ、「あっ!アンタ」と言った。捜索対象はKたちだったのだ。 警察官と一緒の人は管理事務所の人で、夕方からテント場に人影がなく、朝になっても気配を感じない。不安になってテント内を覗くと荷物だけが置いてある。キャンプ場の利用申込書を見ると「仙台一高3年」となっている。ひょっとして受験ノイローゼで…と想像がいったみたいなのである。当然、キャンプ場を離れる旨の連絡を怠ったこちらのミスで、Kたちはもちろん、ボクとSも「ヤベェ~」となった。とにかく4人で必死に詫びた。警察官が「事情を聞きたいからちょっと来て」と言うものだから、不安な気持ちのまま食堂へついていった。 一番奥の席に腰を下ろすと、「まぁ、何事もなくてよかった。こちらだって妙な仕事はしたくないから…。でも、事務所へはちゃんと伝えていくべきだったね」と優しく諭された。4人そろって頭を下げると、「さて、時間ができたから冷たいものでも飲んでいこう。ビールがいいかい?あっ、まだ高校生かぁ。まずいまずい…」。最後はしっかりとからかわれてしまった。でも、リボンシトロンは甘かった。 ▲
by luehdorf
| 2009-01-28 23:47
| チョウなど
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