山火事も遷移の条件?

 トマトの栽培法のところだけ読んで放り出していた、「Be Pal」4月号を改めて読み直していたら面白い記事を見つけた。
 アメリカの国立公園局は、国立公園内で発生した山火事を、人為的に生じたもの以外は放置することにしたのだと…。もちろん、人家などの近くの場合は消すのだそうだが…。
 1916年に局が発足してから、山火事を消し続けたことによって生態系が破壊されたことが、調査研究によって明らかになったから、というのがその理由らしい。
 つまり、長い年月の自然界の歩みには、「火事」によるリセットも含まれているというのだ。目からウロコだった。
 昨今、環境の保全とやらのムーヴメントが盛んに行われている。ボクは「特定の種」の保存のために「狭いエリア」を人為的に残すのは、長い目で見たら逆にその種にとって不利なことが生じるのではないか?(以前に書いた「仮説・絶滅のメカニズム」)という観点に立っているから、少し引き気味に構えてきた。さらに、自然は「変わっていく」のが自然なのであって、「今のまま」にずっと存在するのはかえって「不自然」なことだとも考えている。
 確かにクレメンツの「遷移説」によれば、植物群系は「極相」に達して安定するという。しかしこの安定は「エネルギー収支」の観点からであり、収入に当たる光合成の総量と支出に当たる呼吸量の差は限りなく0に近くなり、外見上は年々歳々全く変化しないように見える。でもその中では年老いた樹木が枯死して倒れたあとをめぐる、若木たちの凄絶な競争などがあるのだ。だから、安定した状況の中でも、変化を求める「何か」が内包され、少しずつ蓄積されていくのではないか。それが飽和状態に達したときに山火事が生じ、「さぁ、やり直そうぜ!」って…。
 アメリカの国立公園はやたら広いから、時にはわざと火を放つこともあるのだという。まぁ、狭い日本ではちと無理なことだろうけれど…。
 この試みから感じることは、自然は自然のままに、という観点だ。やはり、地球の単なる一構成員である「ヒト」がコントロールできる「自然」なんて、そのうちのほんのちょっとの部分だけなんだろうな。
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by luehdorf | 2009-04-05 00:27 | チョウなど | Trackback | Comments(25)
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Commented by mmerian at 2009-04-05 20:31
保全活動について・・・
植物・昆虫保全活動に数回参加しましたが、コンセプトは地域の人たちがいかに自然保護に目を向けるか、という意識改革なのだと思います。
地元の植物研究会でずっと保全している湿原がありますが、今は地元の人達が定期的に草刈をしてくださるようになり、よい状態で湿原管理ができているようです。研究会の方々は口をそろえて、保全とは地域の人に関心を持ってもらうことが目的だと言われます。なので、軌道に乗れば植物研究会は手を引くそうです。
luehdorfさんの考え方に、私も同じ意見です。保全活動の失敗例もありますし、ヒトが自然をコントロールできる部分はわずか。
その中で大切なのは、仲間と保全することで生まれる楽しみや、地域力の回復かも。
・・・と、山火事の話とは関係なかったかな?笑

Commented by luehdorf at 2009-04-05 21:51 x
mmerian様
いえいえ、何かをやるときに周囲を巻き込むなら「啓蒙活動」は絶対に必要だと思います。
様々なところの保護や保全の活動に接してきましたが、「オレたちは特別のことをやってるんだ!」っていうようないわゆる「ふんぞり返り」のいかに多いことか…。
そのようなことに嫌気が差して「引いたスタンス」でいる訳でして、10年ほど前までは熱烈な「カーソニスト」…。「Silent Spring」がバイブルだと思ってましたから…。
アホな脱線話は気楽に書けますけど、↑の手のやつはなかなか手ごわくて…。
まぁ、これからも書こうと思いますので忌憚のないご意見を…。
Commented by mmerian at 2009-04-05 22:06
何をやるにしてもしっかり納得できないと先に進めない性格なので、保全活動も参加しながらずっと模索状態です。
やらなければいけない!でも、矛盾もあったり・・・
これからもいろいろ教えて下さい


Commented by itsuki at 2009-04-06 08:59 x
アメリカの「リセット」と言う考え方・・・凄いですね
 これは国の国土の大きさの違いや文化の違いだと思うのですが
 物事をグローバルに考えるとこんな方法も有りかと考えてしまいます
 以前清澄のルーミスが台風で壊滅的な打撃を受けた時
 ある方が「昆虫や動植物は種の存続に危機を感じると 種の存続のため
 一定以上の繁殖を繰り返し種を残す本能を持つ・・・」と言う趣旨の
 話を読んだことがありますが
 現に清澄のルーミスは健在ですね
 確か 30年以上前のBe pal で読んだ気がします
 ボクも保護や保全に賛成ですが 関わってる方とボク等「捕り屋」とは
 正反対の立場にあるのでボクが「賛成」と言っても敵視された
 信用されないのであまり接しません
 一人の捕り屋が1シーズンで何頭のギフを捕れるのでしょうか?
 それより先の万博で海上の森を壊してギフを絶滅させた事のほうが
 もっと考えなければいけないのではないかと思いますが・・・・
 それが彼らには理解されないのが心残りですね
Commented by luehdorf at 2009-04-07 00:51 x
mmerian様
軽挙妄動はボクの得意技です(爆)。
自然とのかかわりの中で、何が「ベスト」なのか? 
ボクが今思っていることは「ヒト(Homo sapiens)がもっと謙虚であれ」です。
TVなどで見られる「地球に優しく」、これはヒトの思い上がりだと思います。
どうするといいんでしょうか? 必死で考えます。
Commented by luehdorf at 2009-04-07 01:02 x
itsuki様
かつて、何とか派とかんとか派のいわゆる「内ゲバ」ってのがありましたよね。共通の敵(というのがあったとして…)は別なのにそっちをほっぽって…。
「保護派」の方々と「採る派」のみんなの関係もこれに似ているような気がしてます。一種の「近親憎悪」なんですかねぇ…。
もっともフィールドでこちらから仕掛けることってほとんどないですし、ボク自身は向こうさんを毛嫌いしている訳でもないです。
ちゃんと意思の疎通を図ればいいんです。

ホントの悪者は表に出てこないのだから、共闘してそれを浮き彫りにするのがいいと思うんですが…。

ボクの持論:半径3mほどの半球体の中に入ってくる、ちょいと抜けたチョウチョと運の悪いチョウチョだけしか捕まえてない。
Commented by itsuki at 2009-04-07 08:40 x
ルーさま
 若い頃良く耳にした話ですが・・・
 捕った数を自慢する採り屋さん 意味も無く無数に採り それを自慢する
 普通種ならまだしも 貴種をしこたま捕るヤカラが大きな声で自慢して
 それを昔はとても羨ましいと思っていましたが
 今は悲しいこととさえ思えてきます
 蝶屋の誰もが 種の存続を願ってるはずです
 「絶えてもいいから全部捕ってしまえ・・」と言うおバカさんは
 ほんの一部なんですが・・・・・そいつらが目立つから叩かれるのでしょうね
Commented by Rhetenor at 2009-04-07 11:32 x
「自然は自然のままに」・・・同感です。

「自然」をコントロールなんて、ヒトの思い上がりではないでしょうか?
「自然」に生きる事を許容して頂いている。・・・と、思うのですが。

そして、少しだけ、自然に遊んでもらっています。
Commented by カトカラおんつぁん at 2009-04-07 13:02 x
こんにちは

自然に優しくという目線は、たしかに金持ちが貧しい人を哀れむのと通じるものがあるように私も感じています。

ほんとに優しくしないと行けないのは、地球なんてたいそうなものじゃなく、あんたのすぐ隣にいる方でねーの。そう、奥さんだよ、いや旦那様だよ!って叫びたい気分ですね。

珍品並べて自慢する。これが虫屋の定番ですよね。それはそれで、いろいろな場所に出向く原動力になっているんで、否定はしません。人に見せびらかすことなく、自分だけが箱に入れてこっそり眺めて悦にいる。でも、それじゃ採って集めている意味が薄い。人に見せないと自慢になりませんし。

普通種がどの種でもいとおしく、愛すべき虫に思える境地に自分がなろうとは想像もできませんでしたが、実際に不思議な気分です。珍品だって、何百頭も採りましたなんて、まわりにひけらかしても誰もリスペクトしない。そんな世の中になってきてますね。白い目で見られ、うつけ者扱いされるだけ。こういう感覚が大人ですよね。
キマルリの超超異常型よりもはるかに、ツマキの可憐な模様や、風にむかって一直線に飛ぼうとする心意気にすてきな自然の見えない手を感じませんか。
Commented by luehdorf at 2009-04-08 00:33 x
itsuki様
確かに「採った数に合わせて展翅板を用意する」という発想の仲間がおりました。
こちらは「展翅板に合わせて採る」方でしたので、「スンゲェ~根性してるなぁ」って驚いてました。
いっぱい採って飽きないのかなぁ、ってのが正直な感想でした。
展翅で、1頭に10分かかるとして100で1000分=16時間40分、肩が凝りそうで…(笑)。
Commented by luehdorf at 2009-04-08 00:41 x
Rhetenor様
年をとるにつれ、自然に対して「謙虚」にならなければ…と思うようになってきました。
春先、薄い緑色の中に枝先の新芽の赤らみを見出し、「また…」と敬虔な気持ちになれます。
ホント、チョウチョ採りを覚えてよかった。
さて、今シーズンは何回フィールドに出、その良さを心に刻みつけることができるのでしょうか?
楽しみです。
Commented by luehdorf at 2009-04-08 00:50 x
カトカラおんつぁん様
普通種にいとおしさを感じるようになるって、ボクは「匠」の境地だと思います。それだけ余裕をお持ちになっているということですから…。
そして単に年を重ねただけではその境地に達することはできないものだと思います。
何やらかにやらをトータルに見ると、「普通種」って言われる種にも味があるのですよね。それを見通す眼力…。

中学生になる「アッキー」、デビュー戦は新潟のギフの予定ですが、その後はモンシロを初め、身の周りのチョウチョを整理するように教えていくつもりです。

PS ツマキ、ちょっと注目していきます。
Commented by カトカラおんつぁん at 2009-04-08 20:20 x
こんばんは

アッキー君のデビューが新潟ギフですか。目をくるくるまわすくらい、春の女神様が乱舞するシーンを想像しております。最初が肝心ですからねえ。

普通種って、人間が勝手に呼んでいるだけで、自然界に生きるものすべてのムシたちにとっては関係ないことですよね。
どんな蝶にでも優しいまなざしを向けることができれば、良い関わり方が成立するわけですよね。

Commented by luehdorf at 2009-04-08 20:41 x
カトカラおんつぁん様
毎週金曜日、「週例会」で顔を合わせる父親の言によれば、アッキーはネット・如意棒・三角缶を一番身近なところに置いているそうです。
「アイツ、火事になったら素っ裸でもチョウチョ採りの道具を持って逃げ出すみたいです」と…。
いい体験をさせてやり、自然と向き合うことのホントの楽しさを分かってもらえるように、ボクが導ければいいな、と思っています。
Commented by itsuki at 2009-04-09 01:38 x
昨日 仕事の合間にギフをシバキに行った時
現場であった方が「3年前に定年を迎え 息子に勧められて蝶を初めたけど・・・ 
 こんなに楽しいものとは思わなかったよ~~」と感激していました
 今までは仕事に追われ 自然を親しむ暇も無かったけど
 今は時間がたっぷりあるから これからじっくり人生を取り戻したいな」と・・・・
 人生をハッピー・リタイアーされた方の本音だろうね
 第2の人生を自然と共に楽しんで頂きたいと思いました
  自然とこんな付き合い方もいいですよね~~
Commented by mmerian at 2009-04-09 21:38
しばらくお邪魔しないうちに、コメント増えましたね・・
自然に優しく・・・人も自然。なので、人のやることも自然。
あるがままに、なるがままに・・・

「アッキーデビュー記」是非、書いてくださいね
Commented by luehdorf at 2009-04-09 23:47 x
ウ~ン…。正直憧れます。
ただ、今感じているのは、若いとき、時間がたっぷりあったのに、「いつでも行けるさ…」って思って手を抜いたことがあるのへの後悔の念…、ちょっぴり。
年をとると1年の進行がやけに早く、それが「先ゆき」を否応なく見せつけてくるじゃないですか…。何とも切なくなることもしばしばです。
でも、あんまり動けなくなったらアッキーあたりに車を運転させてポイント直結…、なんていう手もあるかぁ。
まぁ、死ぬまで採り続けます。楽しいんだから…。
Commented by luehdorf at 2009-04-10 00:02 x
mmerian様
チョウチョ採りをしながらの自然とのつきあいで、自然の優しさや厳しさを体感してもらいたいな、なんて…。
ボクはやっぱり、東京湾の埋立地で着ぐるみのダンスやなんかに夢中になる子よりもダンゴムシと戯れる子が好きです。
アッキーのデビューの顛末、しっかりと書きます。(あとは天気だけ…)
Commented by カトカラおんつぁん at 2009-04-10 16:45 x
定年後の楽しみを虫採りに見いだした方は、それはそれで結構な事だと思います。でも、ルー様がいみじくも書いているように、今は仕事でダメだから、定年になって時間ができたらやってやろうという方程式は成り立たないように私は思っています。

前にも書いたかも知れませんが、(別コミュかな)二足のわらじ論でございます。仕事もムシも両方楽しむくらいでないと、あきまへん。
仕事が楽しいかどうかは人それぞれですが、苦しくても楽しいということもありますね。むしろ、苦しくてたいへんな時がその後の楽しさというか満足感は深いものがあります。

あとで、と言っているうちに、どんどん環境はかわり、悪化し、居たはずのムシも姿を消してしまう。今、やっておかないと、後悔するのは目に見えています。ぜひとも二足、三足のわらじを履いて頑張りましょうよ。と言いたいです。後悔しきりの老爺心からの一言です。
Commented by luehdorf at 2009-04-11 10:14 x
カトカラおんつぁん様
仕事がなくなったら…? 想像するだに恐ろしいことなんです。
別に「ワーカーホリック」ではないんですが、仕事をやっているときの充実感が大好きなんです。
確かに、準備のための苦しさは多々ありますが、うまくまとめて「よし!決まった」(これはもう仕事の最中にビンビン感じることができます)ってときは…。
そして「休み」のとき、ただひたすらポイントを目指す。曇りなら出ますね。ひょっとするとちょっとの晴れ間が…という期待がありますから。
かつてパートナーに「休養も必要なんじゃない?」といわれましたが、ボクは「精神的な疲労」は家でじっとしてたって癒らないと思ってます。そして「身体的な疲労」は「精神的な疲労」を除くことによって十分回復できるものとも思ってます。
大方、おんつぁん様のおっしゃる「二足のわらじ」、死ぬまではき続けると思います。
だって、仕事をリタイアすることを考えてませんから…。
フリーランスの特権を振りかざして!
Commented by nomusan at 2009-04-12 17:45 x
何と・・・更新されて一週間も経っている・・・。
ようやく拝見、皆様のコメントも拝読させていただきました。

今さらコメント入れるに入れにくく・・・
御意!と一言だけ足跡残させていただきます。
Commented by luehdorf at 2009-04-14 17:31 x
nomusan様
ホント、気まぐれに更新してますので…。
当方がお詫びせねばならぬところなのですよぉ~。

いつの頃からでしょうか、地球に住まわせてもらってる「居候」風情で、地球に対して尊大になったらまずいんじゃないか?って…。
どうすればいいのかな? と模索中です。
Commented at 2009-04-15 20:10 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 6422j-nozomu2 at 2009-04-16 21:26
凄いコメントの数ですね。確かに、「自然は自然のままに」が一番だとは思いますが、自然の中に悪知恵を持つ人間が、長い目では組み込まれているかどうかが問題でしょうね。絶滅が危惧されている蝶他昆虫類をやはり人間が保全・保護するというのも必要かと思います。更に長い目で見れば、そのような行為も自然の中に組み込まれているとすれば、道理にかなうような気もいたします。
Commented by luehdorf at 2009-04-19 22:44 x
6422j-nozomu2様
レスが遅くなりまして…(汗)。
一番問題なのは、環境収容力を超えてしまったであろう、60ン億というヒトの個体数ではないか? なんて思ってます。
日本の食糧自給率は40%を切ったとか…。それでも経済力を盾に食い物を輸入し、完全に消費することなく捨てている有様…。
近い将来、自然が食糧増産の場としか見られなくなる時代が到来するのではないかと危惧しています。
そうさせないための方策は…、模索中です。
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