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さらに…

 発表当日の朝までバタバタして、無事、池田さんの仕事が終わった。コンビニなどない時代、徹夜仕事のときの食料などの確保には苦労したのだった。
 池田さんはその後、都立大の博士課程に移り、いよいよ本当に御役御免かと思っていたら、3月の初め、研究室にヘタな関西弁を喋る黒人が現れた。ザイール(現コンゴ民主共和国)からの留学生だという。ボスは「池田君がやったのと同じことをジャコウアゲハでやってもらおうと思ってるから、ハッシー、T君と一緒に教えてやってくれる」と…。
 ボンバというその留学生、ザイールの高官の息子とかで、いわゆる「お坊ちゃま」、何にもできないヤツだった。
 食草は結局、小石川植物園にお願いして調達することになったのだが、事前にマザー牧場へ行ったときのこと。ウマノスズクサを探して園内を歩き回っていると、大汗をかきながら、「ワタシ、鎌型赤血球症で…」と、日陰を探して座り込んだ。さらにそこでヤブ蚊が寄ってくると、「マラリアになる」と騒ぐ。ちょっと待て、鎌形赤血球症ならマラリア耐性があるんじゃないのか? 「ほら、そろそろ…」と重い腰を上げさせて進むと、ニョロニョロと這い出てきたヤマカガシをみて、「ポイゾネス スネークです!」と叫ぶ。「こいつはちょっかい出さなきゃ大丈夫」と言っても、「この色は絶対危ないです」と譲らない。何とかかんとかウマノスズクサを覚えてもらい、ジャコウの幼虫を摘んでバス停に行くと、急に元気になった。待っていた2人のオネェチャンに、普段よりももっとたどたどしく、「中国人ですか?」だと…。言われたオネェチャン達も、外国人に話しかけられて悪い気はしなかったのか、「いいぇ、日本人です」…。全く脇が甘いんだから…。
 そんなある日、午後から出て行けばいいはずなのに、Yさんから寮に電話があって、すぐ出て来いと言う。何かやったかなぁと思いながら急いで駆けつけると、「ボンバと腕相撲をやれ!」。訳を聞くと、ボンバが自分は力が強く、アームレスリングで負けたことがないとか言ったので、Yさん達が挑んだらみんなやられ、鼻高々にしているから、お前がやっつけろとの事。何じゃそれは…。とにかく右手を組んでみると、楽勝である。何でこんなのに負けるの?と思っていると、ボンバが言った。「アッシーさん(フランス語圏なのでHが言えない)、ワタシ、サウスポーです」。バッカだねぇ、右利きだけど支持腕が左だからそっちの方がボクは強いんだって…。なんなく負かすと、ヤツは首をかしげていた。恐らく「お坊ちゃまはお強い…」とか周りの召使いにおだてられてたんだろう。
 その日の夕刻、仕事が終わってボスの号令で食事に行くとき、Yさんが「ハッシー、ボンバに見せてやれ」。そこで、中庭の芝生の上でロンダード→バック転→バック宙とつないだら、目を丸くして、「ザイールでこんなことのできる人はいません。アッシーさん、ボク、ザイールに帰ったらザイール大学に呼びます」。
 30年以上経つが何のお呼びもかかってない。
 一夕、ボンバがボクの寮を見たいと言って遊びに来た。じゃぁ、ちょっと飲むかとなって、外へ出た。ボクはいつも金がないから、ボトル1000円のジンを飲んでいるのに、ヤツときたら「ワタシ、チンザノが好きなんです」とガブ飲みして、瞬く間に1本を空にし、上機嫌になっていた。向こうの方が金持ちなのに、そのときに限ってロクに金を持っていず、「マスター、ゴメン。今週末にバイトの給料が入るから…」と、初めてのツケをしてしまった。店を出れば街灯もない東京のド田舎、「闇夜のカラス」で酔眼にはどこにいるかが分からない。名前を呼ぶと、返事とともに歯が光った。
 また、ある夏の日にヤツが来なかった。Tさんによればホームシックになることがあるから、アパートでボーッとしてんだろうとの事。翌日、「昨日はどうしてた?」と肩を叩くと、「アゥチ!」と叫ぶ。何と仕事をサボって海水浴に行き、日焼けして背中が痛いんだという。Tさんと2人、あきれると同時に、「お前が日焼けすんの?」とシャツを脱がせると、黒い背中が少し赤らんで、明らかに炎症を起こしていた。ヘ~ェ、黒人も日焼けするんだ、と一つ賢くなった気がした。
 こんなミョーな留学生に翻弄される日々、夏休みにはもう一つ大仕事が待ち構えていた。
by luehdorf | 2008-01-11 02:30 | チョウなど
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