リュウグウヒメイトトンボ?

 1971年、龍泉洞から帰って実家でのんびりとしていた夕方、縁側でタバコを吸いながら、家の前の水路脇に生えるハンノキを見上げ、せわしなく翔び回るミドリシジミに、「何でA型のメスがいないの?」…なんて話しかけていた。
 犬小屋から甘え鳴きが聞こえたので門の方に目をやると、ナップサックを担ぎ、竿を持ったSが入ってきた。
 「よぉ、久し振り!」と声をかけると、「あれ?けって(帰って)きてだの?」。途端にボクも引き込まれ、「んだ、おどどい(一昨日)まで龍泉洞さいだんだっちゃ…」、「なじょ(どう)だったんだべ」、「いっつもどおりだっちゃ、まず立ったまんまではなんだがら、ヘ(入)ったらいっちゃ」。ボクは灰皿を持って立ち上がった。
 「んではちょっと上がらせでもらうが…」。Sは玄関に回って居間へ入ってきた。「今日はどごの帰りなの?」と聞くと、「こごのところ、トンボが面白くてねや…」と言いながらフッと笑った。「何がいい話でもあんの?」と問うと、ナップサックから三角缶を取り出し、「こいづで岩沼さ通ってんだよね」と三角紙を差し出した。イトトンボが入っていた。
 「珍しいんだべが?」、「ニューみでぇなんだよね」…。
 ガツンと言う衝撃が走った。「何すや?」。再び問うボクに、三角紙を開いたSは、「背中に4つの点があるっちゃ。こんなのいねんだよね」。弱々しく翔び出した2頭のトンボは水平に走って障子の桟に止まった。背部の四つ星がはっきりと認められた。
 「どうすんのっさ?」、「いまGさんが調べてんだよね」。ちょっといやな予感がした。
 「いづ(いつ)採ったの?」、「今月(7月)の6日だったがな?」、「なして今まで分がんねがったんだべ?」、「河口のヨシ原みでぇなどこさいで、表の方さ出でこねぇんだよね。んだがら見つかんねがったみだいなんだよね」、「ニューだってことが分かったら、和名なんかどうすんの?」、「海さ近いとこで採れっから、『リュウグウヒメイトトンボ』なんてのを考えでんだけども…」、「いがった(良かった)ねや」、……。
 ムシ屋の最大の夢である新種の発見が、こんな身近であるなんてことは想定外のことだったから、Sの快挙は自分のことのように嬉しかった。ましてや5年前、この世界に引きずり込んだのがボクだったのだから…。この事の2年前、龍泉洞で出会い、2泊3日をともにしたKは、後年、Sを評して、「アカ抜けしないけどセンスのあるムシ屋」と妙な感想を漏らしていた。
 その後はボクが帰京するまで、ヤツは岩沼通い、ボクは後輩達のコーチのための母校通いとすれ違ってしまい、話をすることもなく実家を離れた。
 9月になり、朝日新聞に「新種のトンボ発見」の記事が載った。それを見たボクは驚愕した。あのトンボが「ヒヌマイトトンボ」という名で載っていたからである。仙台の方から漏れ伝わってきたことは、GというS達の先輩が一人で何とかしようとしている間にプライオリティを奪われてしまったようだということだった。「やっぱり…」、高校時代に一度だけ会った、G氏を思い出していた。それは初めてあのトンボを見たときに名前が出た瞬間に予感したものを裏づける印象だったから…。
 Sにどのような言葉をかけてよいものか分からず、一葉の葉書を出すことすらしなかった。
 翌年、彼は実家で中学時代からの目標だった養豚を始めた。母親同士も同級生だったものだから、よく行き来をしていたみたいで、オフクロからは、「Sちゃん、随分頑張ってんだよ」と聞かされた。ネットは捨てたと言うことだった。
 結婚し、仕事が忙しくなって帰郷も1泊してトンボ帰りなんてことが続いて10年、オヤジが患ったもんだから見舞いに行った。ふと、思い立ってSを訪ねると、しっかりと農家の親父になったヤツが出てきた。トンボのことは何も話さず、近況を語り合った。ボクがまだネットを振ってることを知ると、「まだ子供が小さいから…。おっきくなったらまたチョウチョかな?」と笑った。高校1年のときに初めて採ったヒメギフ1箱は大事にとってあると言う。いまや幻のヒメギフだ。
 「リュウグウヒメイトトンボ」、それはボクとSの思い出の中にだけ存在する新種のトンボになった。
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by luehdorf | 2007-06-26 23:58 | チョウなど | Trackback | Comments(3)
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Commented by hyoumonmodoki at 2007-06-30 02:43
こんばんは,ヒョウモンモドキ保護の会の広島みかんです。
今度はこちらにお邪魔させていただきました。

1971年!私が生まれる前から蝶々ハッシーさんは「タバコが吸える」年齢だったんですね!(人生の大先輩です!)
こないだから貴重なご意見ありがとうございます。とても勉強になります。また同じヒョウモンモドキ保護の会の“きんかめむし”さんとも全く同じ価値観を持っているわけではないので,色々と考えさせられることの多い数日間となりました(今日のクマシンポジウムも強烈でした!良かったら,またブログ見に来てくださいね♪)
今日,IT企業の人と話をしていて「ネットとかブログでは,ちゃんと自分の気持ちが伝わらないから,攻撃的になったり,話が変な方向に行きやすいから気をつけなさい」と忠告を受けました。
なので,気をつけることにします。
なので,なので,もしよろしかったら「今後ともよろしくお願いします!」
Commented by luehdorf at 2007-06-30 09:51 x
わざわざこんなところにまでおいでいただいて…。
恐縮至極です。
ネットを手離すことを頑なに拒んでいる「採り屋」です。採り歩きながら変貌していく山の姿を見てきました。前稿にある「入笠山」は風力発電のあの巨大な「扇風機」が60基もつくられる計画があったんです。幸いにも頓挫しましたが…。
チョウチョ採りをしながら考えていることは、自然に対しては、「擬人化」せず、「情緒的」な感情で接しないということです。
今、世間に漂うのは「ヒト>自然」という不等式ではないですか?「地球にやさしい」とかいうキャプションがその代表で、われわれが地球に生かされているんだという謙虚な姿勢が見えません。
もうちょっと考えないとなぁ…。
酔っ払いのたわ言のようにグダグダと書いているところですが、懲りずにおつきあいください。
Commented by 広島みかん at 2007-07-01 00:05 x
こんばんは,また,お邪魔します!
ヒト>自然
という不等式
私も思います。
ヒトがすべての上位に立って,自然を下に見ている。そんな訳けないですよね。
私の身体全て,「自然の命以外のものから成り立ている部分はない」のです(ただ唯一の無機物は「塩」くらい?)。動物,植物の命を頂いて,今の私の体が出来上がっているのです。
他の生き物がいるから私が生きていられる。他の命を「いただいて」生かされている。
ついつい忘れがちな謙虚な気持ちです。

「情けはヒトのためならず」
昔のヒトは良い事言いますよね~
「自然のため」「環境のため」と自分がしていることも,結局は「ヒトのためならず・・・」
たぶん,めぐりめぐって「自分のためになるからしている」のではないかと・・・
自分で自分が「偽善者」かなぁ・・・結局何がしたいのかなぁ・・・
と考えます。
って,これも酔っ払いのたわごとです(笑)
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