隔離は保護か?

 「採ること」を禁じて保護であるかのような論ばかりがまかり通っている。みな抵抗もなくこういった風潮を受け入れているようだが、果たして…。
 多くの採集禁止地は「ダメ」というだけである。いわば世話をしない動物園状態。こんなことで本当に保護ってできるのだろうか? 
 いよいよギフチョウのシーズンも間近になってきたので、こいつについて考えてみると、基本的には里山のチョウで、幼虫が食うものもそんなところの下草である。だから常にヒトの手による伐採や下草刈りで、林床にまで光が入るような環境整備が必要なのである。現実にこのような整備をして保護の施策を行っているところは寡聞にして知らない。以前、ある地の保護団体の連中がガタガタとうるさいから、前述のようなこともやらないで何が保護だよって言ったら、アンタ達がやれだと。一向に構わない。ネットと一緒にノコギリ、ナタそしてカマなんかを持っていけばいいんだから。だから、やってもいいよ、その代わりそこで増えたギフは採るよって返すと、それもダメだという。バカだねぇ、増え過ぎたら間引いてやんなきゃ却ってまずいじゃないか。日光や丹沢のシカに見られるように、増え過ぎて農地やなんかを荒らすようになったら今度は「有害」ってか。まぁ、ギフが増え過ぎてシカやサルみたいな被害は出ないだろうけど…。
 「採っちゃダメ!」と隔離し、何かのCMじゃぁないが「見てるだけ」では保護にも何にもならない。その種に合った周辺の整備をしてやらなきゃいけないんだ。これは決して簡単なことでなく、草原性の種ならその草原の保全がまず優先されるし、オオムラサキなんかだったら、食樹のエノキだけでなく樹液の出るクヌギやコナラの林、それも結構な広さのあるものが必要となってくる。そういう視点のない保護論は、牛や豚を食肉のために殺すのはOKだが、崖の中腹にひっかかったノラ犬はかわいそうだから助けろっていう自然観と大して変わらない。
 大体において、採集圧に屈するようなその地の個体群は、採らなくたっていずれ短い期間で滅びるようになってしまってるとボクは思う。それは採られたから滅びるんではなく、C.ダーウィンが150年ほど前に言った「自然の選択」なんですよ。つまり、「適者」になれなかったってこと。
[PR]
by luehdorf | 2007-01-22 13:50 | チョウなど | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://himegi.exblog.jp/tb/4987150
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 日本酒の楽しさ 採集禁止への処し方 >>