驚いた…!

朝の出がけに宅配が…。田舎の父親からで、親子とはいえ連絡して礼の一つもと思って電話した。
開口一番、「いやぁ、町会議員になって忙しいんだ」と…。
ナニィ!確か4年前、隣町との合併が本決まりになったときに辞めたはずではなかったか…。
確かに以後も議会の傍聴を続け、「議会便り」みたいな報告をしてはいた。そしてそれが議員たちへのプレッシャーになっているのだとも聞いた。何せ議員報酬だけが目当てみたいなヤツの行動・言動をそのまんま書いてるんだから…。そしてそのようなことが目に余るようだったら「また立つ」とも聞いていた。
しかしホントにやるとは…。年が明けて6月には84になるのだから…。
思えば30年ほど前、千葉動労の問題で出した文書が動労本部の癇に障り、除名処分を食らったのが発端だった。続いて家族組合の上の方にいた亡きオフクロが、動労の支持母体である政党の地方支部の「官僚体質」を非難して衝突し、まだ仕事をやっていた親父の身代わりみたいな感じで町議選に出馬して次点で敗れた。(このときの親父のフォローがしっかりしていなかったのが後のオフクロの精神的な揺れにつながったと思っている)
それから15年、72になった親父は町議に立候補した。オフクロが亡くなって3年、弔い合戦だろうとボクは思った。そして生きてるときになぜやらなかったとも…。そんな思いが選挙の手伝いに行くということに少しブレーキになった。
結果は下位ではあったものの当選し、ぬるま湯の中、のうのうとやっていた町議会に波乱を起こしていった。老いの一念だったのか…。
一番は議員の期末報酬の撤廃である。「議会なんか毎日開いてるわけじゃないのに、何で年度末に皆勤手当てみたいな報酬が税金から出て来るんだ」というのが彼の主張。当初はみんなに無視され、署名を集めての住民請求にまで発展した。当時、共産党代議士の事務所で働いていたいとこは「ウチの党の議員までがオヤジさんの提案に反対したから、風当たりが強くって…」と苦笑していた。
結局は町長からの提案という「和解策」が講じられ、彼の主張はほぼ通った。
以後は2期目に上位当選をし、「風雲児」いや「風雲ジジィ」で議場を席巻したようである。(当時の彼の質問記録を見るとそれがはっきり分かる)
町の役場の課長クラスには中学の同期が2,3人いるのだが、以前は手ぶらで議会に出てきていたのが法律書を携えて来るようになったのだと…。リンゴ農家をやっているチョウ友だったSが、「あいつら、アンタのお父さんのおかげで『学校に行ってたとき以上に勉強をやらされてる』ってボヤいてる」と面白そうに喋っていた。
5年前の春に心臓を患い、少し健康に自信をなくしたのであろう。合併が本決まりになったときに、「これからは好きな釣りでもやってのんびりしたいし…」と引退を示唆した。しかしこの言葉を聞いたボクは「ちょっとそれおかしい。あなたはこれまでも好き勝手ばかりやってきてるでしょう」と反論した。脇の飼育係は「血って、争えないものなんだねぇ~」。確かに…。二人とも反論できなかった。
合併の頃には「町長選に出ろ」とかの話もあったらしく、いとこは「そうなったら党派に関係なく応援するしかないもんなぁ~」と言っていた。本人もいくらかはその気があったみたいだが、一緒に釣りをしていたら「釣りの方がいいなぁ~」と…。
辞めて4年、相当気に入らないことがあってまた出たのであろう。ネットで議事録を覗いてみると「闘争心」は旺盛である。これなら老人特有のビョーキになるることはないだろうから、その面では一安心。ただ電話で「さきおとといから一昨日まで釣りをしていて昨日が議会だったから疲れた」と…。夜釣りをやって仮眠し、朝からまた釣りをしたというのである。勘弁してくれ。「お前だって、夜遅くまで酒呑んで朝からチョウチョ採りするんだろう?」って言うけど、二周りほど若いんだから…。アンタと一緒に魚釣りに行く「若い人」は65オーバーじゃないかぁ~。
ステントの入った冠動脈の状態も悪くはないと言う。好きなことをやって倒れるなら本望でしょう。ウルサイ「ジジィ議員」で頑張ってくれ。多分オフクロも空の彼方から応援してると思うよ。
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by luehdorf | 2010-12-01 00:35 | いろいろ | Trackback | Comments(12)
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Commented by itsuki at 2010-12-04 08:26 x
中々パワフルなお父様ですね
ルーさまを見てて想像が出来ますよ~~(笑)
二人並べてしゃべらせたら・・・・エンドレスでしょうね~~
いつまでもお元気でご活躍を祈っていますよ
Commented by nomusan at 2010-12-04 19:43 x
むむ・・・・
御尊父様はきっと生涯現役・・・を通されるのでしょうねぇ~・・・。
お二人の会話と見守るお母様・・・きっと「親子やなぁ・・・」って思われそうな(笑)。
私は父を22歳の時に亡くしましたので、まともに父親と話しをした記憶がないのですよ。
いつまでもお元気で活躍されることをお祈り致します~。
Commented by luehdorf at 2010-12-04 22:59 x
itsuki様
そちらのお父上にはまだ届きませんが、ホントに80過ぎかよ!って思えるほどです。電話の向こうの声にはまだ張りがあって…。
オフクロを亡くしたとき、ちょっと気落ちした様子が見えて心配したのですが、それも杞憂だったようで、暇を見つけては魚と戯れております。
20年ほど前、まだ小さかった実家の甥っ子をからかっておりましたら、「オジちゃんはどこでジイちゃんのやることを見てたの?」と…。
イジリ方がまるっきり親父と同じだそうなので…。
まぁ、あの親にしてこの子ありということで…(爆)。
Commented by luehdorf at 2010-12-04 23:14 x
呑むさん様
まだ元気な声を聞かせてもらえるのは、ホントに幸せなことと思っています。
とにかく間尺に合わないことには徹底的に抗戦する姿勢は若いときから変わらず、最近も町長に対して噛みついているようです。代わりに答弁しているのが同級生の総務課長でしたが、しどろもどろで、議事録に「………」となっているのは初めて見ました(笑)。
でもこんなところがボクにモロに伝わってきていて、飼育係は「クローンでは?」と言っております(笑)。
今のままいくと、「生涯現役」…、でしょうねぇ~・
Commented by まっちゃん at 2010-12-05 17:11 x
久しぶりに覗かせていただきました。
そして、久しぶりに「スカッ!」としましたですよ。(笑

飼育係様もよく見てらっしゃる。
2人の「風雲児」を手のひらでコロコロ?
誰にでもできることでは無さそうですね。
父を25歳のときに亡くし、呑むさんと同じく会話らしい話もせず、それでも最期を看取ったことで一生分の話をした、そう思っています。

生涯現役、応援してくださいませね。
Commented by itsuki at 2010-12-05 23:23 x
今晩は~~
 明日からボクのブログで「ワイン・クイズ」を実施いたします
 皆さん ドンドン応募してください
 お待ちしてますよ~~~!
Commented by ばーば・まっちゃん at 2010-12-05 23:49 x
 あら~、ワインクイズ、、ですってよ、みなさん。

飲めない婆でも答えられるかしらん。
一応、頑張ってみよう。
ん?、もしかしてあちらこちらで宣伝を???
まじ~、かも。
Commented by luehdorf at 2010-12-07 08:56 x
ばーば・まっちゃん様
亀レス、ご容赦のほどを…。
ボクは「DNA至上主義」ではないのですが、父親と自分を比べてみますと、半分以上向こうのDNAがボクに入ってきているような気がします。(これは生物学的にオカシイのですが…)
飼育係は「アンタとお父さん、言うことすることが、離れているのにシンクロする。きっとクローンだ」と言います。
どちらかが死ぬまでああだこうだやっていくんでしょう。
特に親父にとっては気を遣わずに毒を吐けるのはボクだけみたいですし…。
これって、ボクにとってはある意味幸せなことだと思っています。
Commented by luehdorf at 2010-12-07 08:57 x
itsuki様
承知いたしました。早速出向きまぁ~す。
Commented by カトカラおんつぁん at 2010-12-11 19:22 x
いつの間にやら、日記を書いていたのに気がつかず、亀レスもいいとこになってしまいました。
お父様の話、私も高校2年の時にオヤジが居なくなってますので、羨ましく思いながら読ませていただきました。

息子にとってのオヤジの存在って、なんだろうなあと思うと、自分が息子に対してもどうなんだろうと考えてしまいました。DNAは脈々と繋がっていくんだろうと思いますが、けっして同じと言う事ではないんですよね。そのへんが面白いと言えば面白いんですね。

父上が生涯現役で元気に活躍される事を祈っております。
Commented by luehdorf at 2010-12-14 23:28
カトカラおんつぁん様
カト様もそんなに早く父上をなくされてらっしゃいますか…。

ウチの父は組合専従の時期が結構ありまして、単身赴任で仙台や盛岡に行っていたものでした。そのため、家に帰ってくると何かと口うるさく、うっとうしさを感じていたこともありました。(今は、普段家にいない分、しつけとかの面で外に出たときに恥をかかないように、というような深慮であったと理解できますが…)
60を過ぎてから、ボクとの間ではずいぶんと丸くなりました。体調面などの相談もわざわざ東京まで電話をよこすほどですので…。
しかし、「へそ曲がり」だけは終生直らないようで、まあ町議会でドンパチやる分には一般の方々にご迷惑をかけるようなことはないでしょうから、存分におやりなさいなというスタンスでながめております。
Commented by カトカラおんつぁん at 2010-12-17 17:58 x
うちは生き別れなのですが、当時はまだ母子家庭も少なく、近所の噂の的になったりするなど、おふくろは苦労したようです。私は馬耳東風でなんも感じないで居ったのですが。

その後、76くらいで東京で亡くなったようですが、生前にこっちの町の墓地にお墓を作っていたのですが、母と一緒にお彼岸などには墓参りは続けてました。

男同士だと、オヤジの気持ちも分かるような気がする時もあります。息子が嘘ついている時も感じで分かるような気がします。同じようなDNAをもっているせいなんでしょうね。
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