チョウ屋羽化…

 「捕ったぁ~!」、柔らかな春の陽射しを浴び、満面に喜びを浮かべてかざした薄緑のネットの中には、紛れもなくギフチョウが踊っていた。午前9時50分過ぎ、若いチョウ屋の羽化の瞬間だった。
 それよりも5時間ほど前、待ち合わせの場所で顔を合わせたときの少年、アッキーの顔色は、期待よりも不安や緊張が勝っていて、決してよいものとはいえなかった。1ヵ月半ほど前の、あの入試の朝だって、引きつった感じではあったけど笑みを浮かべていたのに…。
 昨年来、地形図を精査して決めたKというポイントに着いたのは9時半少し前だった。20分ほど前までお茶を飲んでいたアッキー・パパの実家からすぐのところである。車を降りてタバコに火をつけながら、中学時代、この下の同級生の家に遊びに来たと述懐している。
 2日前、急遽同行の連絡があった助っ人デッシーは、カーブを1つ下った伐採地の方へ行ってみるという。登りのスペシャリストであるから、下っていって登り返すことを苦にしない。ボクはそれがいやだから先の峠方面へ進むことにした。アッキーと弟のタカが着いてくる。T字路になった峠の東側に鉄塔があった。その根元に張りつき、「あっ、チョウチョ!」とスジグロチョウに勝負を挑むタカを見ていると、アッキーの脇に1つ飛び出してきた。「出た! 左」というと、キョロキョロするのだが見えない様子だ。無理もない、初めてでしかもフラッシュする黄と黒は茶色がかって枯れ草に同化してしまうから…。やっと認識して駆け出したが杉林の中のブッシュに入られた。少し遅れてアッキー・パパがやってきた。「どうですか?」。「今、1つ飛び出しました」。「やっぱりいますか…」…。そんな会話をしてタカの方へ歩むパパの前にフワァ~っと舞うものが…。パパの反応は早かった。「そいつです」といったボクの声に、右手のネットを軽く振って、目の高さに浮いたやつを捕らえた。アッキーとタカがダッシュしてきた。1週間以上も前に出始めたというので不安だったのだが、まだスレてもいないオスだった。三角缶に獲物を収めると兄弟はまたそれぞれの場所に散った。1つ捕れたことで大人には安堵感が生まれ、タバコに火をつけてのんびりしていると携帯が鳴る。下に行ったデッシーが捕れたというのだ。兄弟が駆け出した。
 一服を終えて車のところに戻ってみると、3人が顔をつき合わせている。デッシーの獲物は大きなオスだった。デッシーの報告を聞いていると、車の後ろの広場に飛び出してきた。ボクとデッシーの声が同時に飛ぶ。ネットをかざして駆け込んだアッキーが、日向ぼっこの場所を探すように低く舞う個体に上からかぶせた。「ネットの裾を持ち上げて!」、デッシーが叫ぶ。慌てて指示通りにし、翔び上がったところで口をひねった。「やったね!」、みんなの声が響く。アッキーの顔面には屈託のない笑みが広がった。
 退屈させることのない頻度でチョウチョはやってくる。峠でぶらぶらするボクとアッキー・パパ。再び伐採地の方へ下りていった3人から報告が入る。タカがメスを捕ったのだと…。楽しそうにじゃれあいながら戻ってきた3人。デッシーの言によれば、タカは、追いかけていって転びそうになり、その後ろ方向へ回ったメスを「返しネット」で入れたのだと言う。「スゴイじゃん、そんな技を身につけたの?」とほめるボクに、照れ笑いをするタカ。「じゃぁ、タカもチョウチョ採りにハマっちゃうかな?」と聞くと、大きくうなずいた
 2時間ほど経ち、慣れてきた子どもたちから「腹減ったぁ!」と…。そりゃそうだ。来る途中のSAではまともに食べてなかったのだから…。やっぱり緊張していたのか。
 山を下って、アッキー一家が帰郷したときによく行くというラーメン屋へ…。食事をしながら、午後は予定通りにもう1つ目をつけていたRに行こうと決める。
 Rは、以前にボクが入ったCと尾根をはさんだ南側で、Cとつながっているはずだと推理したからだ。ところがRにあるお寺の私有地だからだろうか、手書きの「進入禁止」の看板が道々に並ぶ。それなら反対側をということで入れそうな林道の表示にある地名をアッキー・パパに聞くと、山を越えた向こうの集落の名前だという。ままよと入り込んだ。ピークに着いて「よっしゃぁ!」と叫んだ。道幅がちょっと広くなったところであっちこっちと翔んでいる。転げるように車から降り立ったアッキーとタカは猛ダッシュしている。「捕った!」の声が響く中、大人3人はネットを置いて食後の散歩を…。道端にコシノカンアオイの新葉を見つけたのでデッシーを呼ぶ。アッキー・パパは「これが幼虫の餌ですか?」と…。メスの気持ちになって、とか言いながら葉っぱをめくっていたデッシーが「産んでます!」と叫ぶ。おいしそうな真新しい緑の葉の裏には10個の「真珠」が並んでいた。アッキー・パパが「卵が見つかったよ!」と声をかけると、兄弟はえらい勢いで戻ってきた。しかしこの連中は疲れないのか?ほんの2、30mとはいえ、さっきから何度ダッシュを繰り返してるんだ。「すごい!他もあるかなぁ?」、2人はネット置いて葉っぱめくりを始める。まずタカが「あったぁ!」と…。弟に先を越されたアッキーが5分ほど後に「あったぁ!」…。
 3時前、アッキー・パパとボク、どちらからともなく「そろそろ帰りますか」。パパはチョウチョを採りながらいろいろなことを体験でき、すごくいいものだと言ってくれた。そして、「うまく採れりゃ当然酒がうまいし、採れなくたってその反省のために飲めるし、いいこと尽くめですね」と笑った。
 帰りの車中、高揚状態の2人はハシャギっ放しだった。「メスはオレしか採ってないもん」、前の日まで「オレはどうせ採れないから…」と臆していたタカの強気の発言である。カーボンの如意棒とネットを貸してやることにした。そしてがんばって中学に入ったらアッキーと同じように新品のプレゼントの約束もした。
 思いもかけず2人目のチョウ屋も羽化した。
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by luehdorf | 2009-04-20 10:52 | チョウなど | Trackback | Comments(10)
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Commented by itsuki at 2009-04-20 15:18 x
新人・蝶屋さんの誕生 おめでとうございます ♪~~

 皆さんの緊張感が手に取るように伝わってきますねぇ~
 大勢での蝶採りは本当に楽しそうですね
 採集が初めてのお二人さんも これで蝶にどっぷりですよねぇ~(笑)
 「日本の蝶屋」の将来は明るいぞ~~~(爆)

 本当に楽しそうな「採集記」を読ませて頂きました
 ボクが初めてギフを採った日の事を思い出してしまいましたよ・・・・・
Commented by デッシー at 2009-04-20 20:24 x
昨日はありがとうございました(^-^)


ギフの多産地はかくなるものか…と唖然としました。

帰りの車も楽しかったし、あれほど楽しい採集は奇跡に近いものがあります。


昨日のうちに横川で食べた釜飯容器にカンアオイを植え、ヒオドシの採卵を試行錯誤しています。ヒオドシは死んだふりがうまいのか、まだ寝ぼけているのか??
Commented by luehdorf at 2009-04-20 23:46 x
itsuki様
ガイド役という認識でいたのですが、「本能」はいかんともしがたく、声をかけると同時に自分もダッシュしてました(笑)。
そんなですから最初のひとつはお約束通り「振り逃がし」ということで…(爆)。
この子達をうまく育て、さらに彼らの周辺に「ネットの輪」を広げていきたいな、などと思っているのですが…。
Commented by luehdorf at 2009-04-20 23:55 x
デッシー様
お疲れ様でした。
貴君のおかげでボクは相当に楽をさせていただきました。
ギフ、決してヤワな種ではないと思っています。だって他の種が出ない早春にすべてを片づける、という賢い生活手段を身につけたチョウチョなんですから…。
結構、したたかな種だったりして…。

ヒオドシ、昨日はエアコンの吹き出し口の辺りで冷やし、今日はあまり気温が上がらなかったから「二度寝」をしているのかも…。
明日は雨らしいし、暖かさがぶり返したら起きてくれるでしょう。
産んでくれるといいなぁ。

また時間をとってつきあって下さい。昨日はホントにありがとう。

PS たまには「週例会」にも…。
Commented by カトカラおんつぁん at 2009-04-21 12:54 x
こっちでもこんにちは

ギフ採りに今から出かけようとしている出戻りならぬ出遅れチョウ屋の私です。いつもの年だと小国あたりは、まだまだこれから5月にかけてがシーズンみたいものですから、焦っては居ませんが。

お弟子さんたちの面倒見つつ、ご自分もしっかりネットを振るっていうのが、美味しい話ですよね。子どもだからと言って変に譲ったりしてはアキマヘンガナ。(なんで関西弁やねん)こういうときは、下手な遠慮は禁物だと思います。でも、ほんと、楽しそうですね。伝わってきてますよ。十分。
Commented by luehdorf at 2009-04-21 23:52 x
カトカラおんつぁん様
見方を変えますと、子どもをダシにして自分の好きなことをやっている…(爆)。

子どもたちも慣れるにしたがって、チャンバラを挑んできましたから…。油断もスキもあったものでは…。遠慮は無用ですよね。

小国、山菜とのダブルヒットもあるのでしょうから、肝臓への休養は、ず~っと後になるんでしょうね(笑)。
Commented by カトカラおんつぁん at 2009-04-22 20:38 x
こんばんは

山菜とのダブルゲットどころか、山菜のみでも満足ってか。仲間内の口の悪いヤツは、もう虫屋でなくて山菜屋と突っ込み入れて来るくらいです。


たしかに、ギフ飛んでても、足下のワラビ採りの方に神経がいっちゃってますからねえ。ギフの卵もワラビのついでに見つけたら持ち帰るなんて有様です。

休肝日なんて、この期に及んではもう手遅れだと言い聞かせながら、呑んでます。酒よりもあれこれ小鉢のものをつつくのが好きなだけのようです。
Commented by luehdorf at 2009-04-22 22:54 x
カトカラおんつぁん様
>ギフの卵もワラビのついでに見つけたら持ち帰る…
立派にダブルヒットでございます(笑)。
道路沿いで「山採り」とおぼしきものが売られていて、怠け者のボクなんかはもっぱらそれを利用しています。ですから、山菜採りの方々の目からこぼれて残ったヤツを見つけたら、チョウチョそっちのけになってしまいますよぉ~。
ボクもジンライムから始めまして、グレている頃はロック。それを目にしたパートナーは「コイツ、アル中…」って思ったそうです。(当時、仲間と一日一善ならぬ一日一ボトル、ってやってましたもんで…)
ですから今でも、動き回って大汗をかいた後は冷やしたグラスでジン・トニック、っていうのが好みなのですが、「ジンは控えろ!」との至上命令がありまして…。
したがって、ビールでうがいをしてからいろいろと…。
Commented by カトカラおんつぁん at 2009-04-26 20:04 x
いきなし亀レスですが、うちの山の神も同じ事のたまってますワ。
ジンは強いから程々にせい!って感じです。なんせビンにしっかり40度とか47度とか書いてますんで、少し呑めば大した事ないんだよって言葉がなんの説得力を持ちません。呑み過ぎれば、何を呑んでも同じですが、どうも度数が強いだけで、目の仇にされるジンに同情して、今夜もまた1杯ということになります。
Commented by luehdorf at 2009-04-27 17:00 x
カトカラおんつぁん様
いずこも同じなのですね。
焼酎は「酎ハイ」とか言って缶入りなんか出ているので認知度は高くなったでしょうが、ジンやウォッカのようないわゆる「白い酒」に対しての世間様の目はいまだに…、ですよね。
ウィスキーだって度数は変わらないのに…。
ボクもジンに「同情」して…(爆)。
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