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雨…

降る雨が音を吸収するのだろうか。やけに静かな夜だ。時折聞こえるのが、湿った路面をタイヤが叩く音。
周囲が静かだと落ち着かない性質(タチ)なものだから、仕事にも身が入らなくなっていろいろな所へ寄り道をする羽目になる。
You Tubeでこれに引っかかった。

初めて聞いたとき、出だしの雷鳴のSEが気に入ってしまった。東京へ出てきてすぐ、レコード売り場でシングル盤を見つけて思わず買ってしまったっけ…。

これは'67だったろうか…。若山弦蔵さんの低音で、「牛でも知ってる『カウシルズ』…」とこの曲のスポットCMがラジオから聞こえてきたものだった。

5,6年前、この曲の歌詞を目にすることがあった。雨の日に傘を持ってない女の子をバス停でナンパしたっていうんで、いい時代だったんだなぁって思った。

そして朝がこうだったらいいね。

この『伝書鳩』っていうグループ、リーダーは今は演歌系の大作詞家と言える荒木とよひささんだった。当時('76だったかな?)、この曲の販促キャンペーンで日本中を周っていたらしい。
8月の終わりだったろうか、苗場プリンスホテルで某化粧品メーカーが美容師の卵連中を集めたイベントをやった。その前にJTBのバイトで1ヶ月ほどいたボクは、ホテルの営業担当から、そのイベントの際にキャンプファイアーをやってくれないかと頼まれた。JTBのバイト料の倍以上の日当を提示されたから、二つ返事で引き受けて出かけていった。
昼時にファイアーの"井桁"を組んで薪を重ねるなんていう作業をしていると、「一人で大変だねぇ」と声をかけてきたのがお三方。そして「僕らの歌なんだけどもらってくれる」と楽譜つきの歌詞カードを渡された。話をしてみると、お三方の出番はボクの後。「頑張って盛り上げておきます」。
陽が落ちてから100人ほどがこっちに集まってきた。ボンボン燃やして様々なゲームをやったら、火の効果ってのはすごいもので、みんなノリノリになってきた。面白がって出番前のお三方までがやってきた。
そこで、我が研究室"秘伝"の罰ゲームつきのゲームを仕掛け、荒木さんを引っ掛けた。罰ゲームは"ゴキブリ・ワイパー"。みんなが「ゴキブリ、ゴキブリ」と叫ぶときに四つん這いで歩き、「ワイパー、シュー!」と言ったら仰向けになって手足をバタつかせて断末魔のゴキを演じるというものである。
荒木さんはノリがよくってしっかりとやってくれた。だから観客にも大ウケで、他の会場からも人がやってくるほどの盛り上がりようだった。当然、『伝書鳩』のミニ・コンサートもその流れで進行。ホテルに戻ると、「楽しかったし、いっぱい来てくれてよかった」とほめてくださった。
その後、あちらが3人で1人足りないんだけど、ということでおつきあいをし、バイト料に同じくらいのボーナスが加わったっけ…。
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by luehdorf | 2012-10-24 02:11 | いろいろ | Trackback | Comments(10)

車窓から…

9月からこっち、山梨・甲府での仕事が入り、週一で通っている。
新宿から乗った電車、八王子を過ぎてからの景色に既視感がないのに愕然とした。日野春、入笠そして松本とその北、チョウチョ採りではずっとこの線に乗っていたはずなのに…。
上野原の辺りで気がついた。いつも新宿を深夜に発つ夜行列車ばかり使っていたからだった。
朝の新宿を発ったのはただ1度だけ。寮でお世話になったSさんが結婚をするというのでお呼びがかかって塩尻まで出向いたときだった。でもそのとき、朝が早いものだから徹夜で積木遊びをし、そのまんまスーツだけを着て乗ったんだっけ。だから発車するかしないかのうちに眠ってしまい、目覚めて時計を見て焦った。塩尻の到着時間の5分ほど前なのに妙な谷間を走っている。後部4両が辰野で切り離しになって名古屋方面に向かうことを知らなかったのだ。慌てた。次の飯島で降りて上りに乗り換え、急行券のチェックに来た車掌に事情を説明して、“誤乗”ってことで急行料金の支払いを免れた。式場にはホントぎりぎりに着き、Sさんの同級生で、同部屋でお世話になったHさんに「どうしたんだよ。どこかで迷子になってんのかと思った」と案じられたっけ。
そんなだから、車窓を流れる風景はとても新鮮なものだった。
大月近くになって左を流れる桂川は結構な川幅のある川だし、笹子トンネルに向かう登りではR20とクロスして、大好きな蔵「笹一酒造」をはっきりと見ることができる。(そういえば新酒フェアのお誘いの葉書が来てたなぁ…)
トンネルを抜けると中央道ともクロスして北寄りに進んで塩山に着く。この後の甲府までがなかなか楽しめる。山梨市と石和温泉の間、高い建物がないと南の方向(御坂山地あるいはその前衛?)に、地理で習った『扇状地』をしっかりと見ることができるからだ。谷筋が盛り土をしたかのようになっていてそこに集落ができている。扇の要の部分にも家が建っている。確か堆積物は河口付近とは異なる“礫(小石)”だから水はけはとってもいいはずで、てっぺんに近い家なんかは、上水道が通る前はどんな方法で水を確保していたのだろうかと考えたりして…。
新宿・甲府間120km強を1時間30分もかかり、その間禁煙を強いられるのがちと苦痛ではある。しかし、エキナカのド・トールで買ったLサイズコーヒーをゆっくりと楽しみながら景色に目をやるのもなかなかいいものではある。

明春からの継続も決まった。仕事は夕方からだから、朝早く車で出れば、ほぼ半日はチョウチョ採りができる。大菩薩や昇仙峡の奥はもとより、県境を越て入笠にだって…。
山並みが見えなくなると、そんなことを考えながら電車に乗っている。
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by luehdorf | 2012-10-18 00:39 | いろいろ | Trackback | Comments(2)

あ~あぁ~!

11日朝、読売新聞を開き、口に入れたコーヒーを噴き出すほど驚いた。白抜きの『iPS心筋を移植』の見出しが一面にでかでかと載っていたから…。
1面そして3面の記事を読めば、オイラのような素人には「な~ぁるほど…、そうやったのね」と思わせる内容だが、動物実験はいきなりブタ。そうかなぁ?マウスでは何でやんなかったの?そしてブタでやった結果はどうして公表しなかったの?と疑問が湧いてきて、ヤバイのかも知れないなぁって思ってたらかくのごとき大騒ぎ…。
森口たらいう御仁は、何が目的でこのような“妄想”を口走ったのか分からないが、一番お粗末なのはこれを書いた記者、そして一面トップにすえることを決めた編集の責任者であろう。誤報であることを認め、小さく「おわび」を載せた後、14日に「日経だって毎日だって…」みたいな検証記事が出た。何?それで自分たちの責任回避をするつもりなのかな。
「ipsによる心筋の実験データはありますか?」と、慶応だって奈良県立医大だって阪大だって、iPSの研究者に、「こんなことが…」ってお伺いを立てれば、「知らないよ。記事にするのはマズいんじゃないの…」ってアドバイスをもらえたはず。何も功を焦らずにきちんと裏づけをとればよかった事なのだから…。
今の新聞記者って、そういう基本すらちゃんとやらないんだねぇ。
さらに笑えるのは、おかしい!ってなってからのメディアの姿勢。まるで“正義漢”気取りなんだもの。みんなして吊るし上げている。いい加減にしろよ、お前さん方のその“風見鶏的”な態度はまっぴらごめんだね。やってることはガキどもの“イジメ”と大差ない。(森口某を擁護するつもりは全くないけれど…)
大体において、『医科歯科の看護科』の出だということだけで、いわゆる“医療行為”ができないことは明白なのだから、ヤツの言っている「心臓の30箇所あまりに注射して…」の件も、「アンタにはできないでしょ?」って突っ込めばジ・エンドなのだ。
それなのに「パスポートがど~たら」、「資格がど~たら」とぐじゃぐじゃやっている。あんな会見なんぞ、「きちんと説明できてないから終わりね」って、さっさとメディアが引っ込んじゃって、「コイツ、大嘘つきですよ」ってだけ報道すればいいだけなのですよ。レポーターだカメラクルーだとわざわざアメリカまで大人数を送って、何とも時間とカネを浪費していることか。
あんな大ボラふきのことははどうでもいい。脇のホントに甘い読売を何で叩かないかネェ。“メディアの“互助会”なのかなぁ。
今の時代、ネットを使って簡単に色んなことが調べられるでしょう。「◎◎にこんな論文を…」って言われたら、それを探すのなんて昔に比べたらずっと楽なはず。
それすらせずに、相手の言うことを鵜呑みにしてたのでは、「振り込み詐欺に気をつけろ!」ってなキャンペーンを張られたって、「お前こそ騙されんじゃネェよ」っていう突っ込みが入ろうというものである。
そしてあの『読売』が『東スポ』とあまり変わらないという気がしてきて、この後の購読の更新をどうしようかと迷っている次第。
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by luehdorf | 2012-10-15 23:40 | 酔っ払い | Trackback | Comments(2)

四半世紀+1年…

“アンパンマン”という重要なキーワードを記してくれたにも関わらず、何とも不覚であった。
初めて会ったのは彼が小学校3年生のときであったか…。母上とともにやってきて、少し臆しながらもこちらの問いかけには笑顔を見せて答えてくれた。

第一にやったことは、「ムシ採り」を仕込むことだった。あれが面白い、これもいいと刷り込んでの夏の入笠、採ってきたカミキリを展足していると、外から戻ってきた集団の中の男のコが、「あれ?Nくん」、「Uくんどうしたの?」。
そう、鉄兄ィのクラブの合宿、中学部の顧問として引率してきたのがU先生で、一緒について来た息子さんが同級生だったっけ…。
そんな二人があそこで会ったという偶然が、あの内気な鉄兄ィに自分からこちらに話しかけてくるという、とっても珍しい行動を起こさせたんだ。(あの方、一緒にフィールドへ出て同好の士を見かけると、「ハッシー!、情報とってきて。オレ、初対面はちょっと苦手…」っていう人なのです)
おかげであれからずっとおつきあいをさせてもらってるけど…。

新潟大へ行ったヤツの状況を観察するという名目でギフ採りにも行った。電装系に難のあった前の車、行きに片方そして帰りにはもう一つ、ヘッドライトが切れてフォグランプだけで暮れた関越を走ってきたっけ。
でも旧巻町でしっかりと成果は上げた。桜祭りかなんかをやっていて、その手伝いをやってたオバちゃん。青いエプロンをしてたもんだから翔んできたギフが絡んだ。助手席の彼は血相を変えて飛び出し、その様子に驚くオバちゃんをものともせずにネットインした。

フロント・ファークがサスペンション付きというMTBは小6のときに買ったのではなかったか。以来ずいぶんと一生懸命に自転車での遠出をやっていたみたいだった。
そこで、入笠小屋から小黒川林道を下り、国民宿舎「仙流荘」まで行っての往復を、昼までに帰着したら何かやるよ、って言ったらホントにやり遂げた。証拠としてもってきたパンフレットに、周りから「途中で誰かにもらったんだろ?」とからかわれてむきになっていたのも懐かしい。こちらは汗のかき具合やなんかから相当頑張ったことが分かったから、「賞品!」って言って、確かTシャツを進呈した。
そして翌年の春には石砂山まで行ってしまった。直線距離で片道60kmを超える。「日帰りはムリだろう」と言うと、「やれる」と断言するから、地形図で場所だけは教えたら、すぐの日曜日に行ってきたと言う。板橋から自転車で来たのだと言うと、ネットを持った大人たちが仰天していたとか…。当たり前だ。

初めて会ったとき、精神的にも肉体的にもモロさが見えたのだが、たった3,4年で逞しくなったその変貌ぶりに、色んな動機付けをしてやれば、それに乗った子どもは際限なく成長するものだということを実感させられた。

もう一つ、中1のときであったか。彼とその仲間の面倒を見ていたSが、「Nだけは他のコと違うんです」と…。「どこが?」と問うと、Sの解説に細かに食いついてきて、ロジカルでない点にはきちんとした証明を求めるとか、答えがどうこうでなく解答に至るプロセスを重視すると…。
「あぁ、それは小学生のときにオレが、『答えが出たって意味ないよ。どうやってそうなったのか言ってごらん』てしつこく仕込んだからじゃないか」。
「やっぱりそうですか。アイツはこの姿勢を忘れない限りどんどん伸びますよ」。

彼が高校を終える頃、自分の中にあったモヤモヤを吹っ切るためにボクはフリーランスになった。
それまでに関わってきた若い連中の何人かが、時期を選んでは呑み会を開きボクを誘ってきた。“ガキ大将”だったボクの「暴挙」ともいえる様々なイタズラや互いの失敗を肴にして大笑いをする場。年代も職種もバラバラだから、やがてそれは異業種交流になっていったが…。
そんな折に、彼の同級生に「Nは何をやってる?」と聞くと、「ちょっと『寄り道』をしてるようですよ」と…。
こちらも学生時代に「寄り道」どころでない「大迂回」をした身だから、「そうかぁ」と言うしかない。でも絶対に「寄りっ放し」になることはないと信じてたけどね。

また一つ楽しみができた。子分のショーヘイに声をかけ、その弟ヒロシを通じて次には引っ張り出すつもりである。
覚悟しとけよ。
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by luehdorf | 2012-10-11 01:41 | いろいろ | Trackback | Comments(0)

やったね!

午後9時過ぎに帰宅すると、ニュースを見ていた飼育係が、「とったよ。『iPS細胞』が!」と…。
汗にまみれたTシャツも脱がずにTVの前に座り込んだ。
先駆的なものとして『ES細胞』があるが、これは受精卵を用いることから生命倫理の観点で実用化は難しいと思っていた。でも、『iPS…』は体細胞がベースだからその辺りがクリアできる。心筋細胞に分化させることができれば、心筋梗塞で壊死した部分と置換できるし、神経細胞に分化させれば、事故などで神経損傷を起こして車椅子生活を余儀なくされている方々への、社会復帰の道を開くこともできる。事実、一昨年であったか、慶応で、脊髄を壊して下肢を不随にしたサルを、『iPS…』で自由に動き回れるまで治したという成果の報道があった。
分化の際に組み込む遺伝子の1つに、発ガン性があるということがネックになるかと思っていたが、いわゆる『山中ファクター』と言われる4つの遺伝子からそれを除いた3つの遺伝子組み込みでもOKだということで、いろいろな方面への応用が模索されていくのだろう。
確かに、ガンていうのは成長遺伝子というか細胞増殖因子の「暴走」、つまり細胞が増えてちょうどいい状態になったとき、「はい、ストップ!」という停止命令に逆らってブレーキが利かなくなって生じるわけで、分化において細胞が増えていくことが不可欠である以上、増殖因子の組み込みってのは「両刃の剣」なんだろう。
とにかくこれで、ドジョウだってお金を出さなきゃならなくなる。文科省の管轄だとか厚労省の仕事だ、なんていう縦割りはやめ、ホントにいいものにはどんどん金を注ぎこむべきだ。山中さんが自身の体を張り、マラソンなんかを走ってスポンサーを募るなんてことは辞めさせなくっちゃ。製薬会社だって創薬の期待がたくさんあるんだから、訳の分からん化学製剤開発の研究費を削って援助しなさいな。
今回は改めて基礎医学の重要性を認識させられた。

もう一つ眼を見張ったのは、同時受賞のガードンさん。高校生物の教科書にも出てくる『分化全能性』を証明した方だ。
アフリカツメガエルの未受精卵の核を除き、そこにオタマジャクシの小腸上皮細胞(分化の終わった細胞です!)の核を移植すると、少ない割合ではあるけれど、それからちゃんとしたカエルの成体にまで成長するのだと。
つまり生物の体細胞はみな、遺伝情報のセットをすべて持っていて、分化に際しては必要な部分だけスイッチ・オンにし、不要な部分は休ませている。だから条件さえ整えれば、そのすべての情報を引っ張り出してやれるんだよ、と世に示したのである。
これが1962年の発表。何と!50年後にノーベル賞受賞なのである。1973年だったか、コンラート・ローレンツ、ニコ・ティンバーゲンとともに受賞したカール・フォン・フリッツ(ミツバチのワーカーが蜜源を他個体に教える、いわゆる『8の字ダンス』の解明者)が発表後46年であったのが最長かと思っていたら、それをしのいだ。受賞の条件の一つが「存命者」だから、ガードンさん、本当にご苦労様でした。
でもこの方、今年79歳だという。ってことはあの研究は29歳のときに成し遂げたわけ?それはそれでまたとってもすごい。
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by luehdorf | 2012-10-09 11:10 | いろいろ | Trackback | Comments(4)