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体操・世界選手権

内村航平の強さは本物だった。
8月の試技会で足首を捻挫し、床と跳馬はほぼ1ヶ月に渡って力を入れた練習ができなかったのだという。そして本番前の本会場練習では、2本目のタンブリングでふくらはぎに違和感を覚えてストップ。試合で大きな怪我をしなければいいのだがと思っていた。(床だけは怖くて録画したものをすぐに見られず、他で結果を知ってから見ていた) そして、参加選手中ただ一人、種目別の跳馬以外の計23種目を通し切った。
個人総合の金は当然である。彼が“オールラウンダー”を志向した結果なのだから…。このままなら来年だって誰も太刀打ちできないはずである。圧巻だったのは種目別。出場した5種目すべてでDスコア、いわゆる難度点を上げてきた。
床では1本目に後方2回宙返り3回ひねりというG難度、これでいつもより0.2のアップ。あん馬ではマジャール・シュピンデルなどを入れていた。途中で落ちたけれども、この種目はこれしかないというスペシャリストが揃っているから、半ば遊びで、「落ちることなく全部が通れば儲け…」みたいな感じでやっていたようだった。吊り輪では最初に伸身逆上がりから中水平というF難度と組み合わせの力技を入れ、平行棒ではベーレを屈伸で行っていたし、銅メダルを取った鉄棒では、カッシーナ(伸身のコールマン)というGと、前方浮腰回転ひねり倒立から伸身の閉脚トカチェフ…。団体の予選・決勝とは異なった構成に、「普段コイツはどんな練習をしてるんだろう?」と思った。
通常、彼ほどのレベルになると、2年くらいは構成を変えない(だって最高レベルに達しているんだから…)もので、せいぜい抱え込みの姿勢を屈伸にするとかの難度アップを図るくらいなのだ。それが個人戦の翌日にあんなことをやるもんだから、他の選手の驚きはいかほどだったろうか。
今回は予選で失敗した跳馬のヨー2(前転跳び伸身宙返り2回半ひねり)だって、来年は、今回韓国のヤンの金メダルの切り札となったヨー2にさらに半ひねりを加えた、前転跳び伸身宙返り3回ひねり(Dスコア7.4!)をやってしまいそうな予感がしている。
個人総合と吊り輪で銅メダルを取った山室光史、社会人になってとても安定してきた。平行棒・鉄棒などでDスコアのアップを考えなければならないが、今回のメダルを励みにしてきっとやってくれるだろう。
跳馬銅の沖口誠、今のままでは来年のロンドンはきついのではないか。吊り輪と鉄棒の大いなる強化が必要だと思う。膝の故障で今回の代表選考に不出場の植松、そして今回補欠だった高校3年生の野々村が、沖口が代表に滑り込む要因となった“スペシャリスト枠”の大きなライバルとなるはずだから…。
田中兄弟、弟佑典は初代表ということから少し大目に見てもいいが、兄ちゃんは確か3回目の世界戦なはずである。勝負弱い。去年の失敗がトラウマになっているのだろうか? 種目別平行棒の入りの技、前振り上がり後開脚抜き伸腕倒立で、指をタイツに引っ掛けたとかで器具上落下とみなされる大過失。これは最大で1点の減点だから、あそこさえきちんとやっていれば楽々の金メダルだったのだ。メンタル面の強化を図ってもらいたい。
キャプテンの小林研也、遅咲きだが本当にいい選手になった。来年は29歳、前に挙げた植松、野々村それに加えて床で3回半ひねりをもつ埼玉栄の加藤など下からの突き上げは激しいものがあるだろうが、同年の中瀬卓也もまだ踏ん張っていることだし、オリンピックの代表選考を厳しいものにしてもらいたい。
日本が世界の頂点に立った、1960年のローマオリンピックから継承されてきた「美しい体操」はしっかりと守られている。中国のスペシャリスト達はすごい技はやるけれども、離してまた持ったとき、足がばらけたり肘が曲がったりなどの小さな過失がある。これは1つにつき0.1~0.2ずつ減点されるのだから、Dスコアが少しばかり高くたってEスコアで十分勝負できると思う。特に屈伸体勢における爪先がきちんと伸びているのは日本とドイツぐらいだった。Eジャッジだって体操経験者、しかも国際審判員は、競技者として国際大会の出場経験がなければ受験資格すらない。ロンドンではその辺りだってきちんと見てくるだろう。
それに比してDジャッジはお粗末だった。内村のリー・ジョンソン(後方2回宙返り3回ひねり)をルドルフ(後方2回宙返り2回ひねり)と判定したのだという。GとEでは価値点が0.2違うだろうが。まして、それまでの1本目は後ろ跳びひねり前方屈伸2回宙返りでルドルフと同じE難度。種目別決勝なんていうときに使い慣れない同難度の技を使うか?しっかり目を見開いて数えてもらいたいものだ。
確かに3回ひねりは分かりにくい。たとえば内村の終末技である後方伸身宙返り3回ひねり。これは1970年の世界選手権の2次選考会で、監物永三さんが初めてやった技である。場所も同じ東京体育館。新米の体操部員だったボクは、「そろばんができる人は本部に来て」と協会の女性職員に言われ、正面の本部席にいた。そこで記録集計をするのである。簡易電卓なんぞまだない時代、そろばんができるヤツはこんなときに重宝がられた。
1次選考の上位6人は床からスタート。練習が始まった。監物さんが勢いのよい助走からロンダード、バック転そして宙返りをひねった。エッと思って脇の同僚と目を見合わせるとまじめな顔をして指を3本立てている。思わず頷いた。そう2回ひねりとは全く異なる流れになっているのだ。だから3回ひねりまでは分かるはずなのである。まだ誰もやっていないが、4回ひねりになったらビデオ判定を導入する必要があるかもしれない。
かつてあん馬の技術が向上し、演技と難度の両方を同時に見るのが困難だということで、難度審判を入れることになった。それまでは2つの技を組み合わせると難度が上がるだけだったのだが、組み合わせの仕方で加点する方法が採用されたからである。他の種目はいざ知らず、停止が減点となるあん馬では、次々に行われる技を瞬時に分析して、難度が規則で要求された通りであるか、そしてどの組み合わせが加点対象になるのかを判定し、実施の判定をする審判に伝えなければならないというものだ。だから最初から最後まで全ての技を速記し、演技後にすぐに頭の中で再現していく能力が求められる。この難度審判に国際体操連盟から指名されたのが、オリンピック個人総合2連覇のあの加藤澤男さんだった。さすが加藤さん、見後にこの難役を成し遂げてくれたものだったっけ…。
速記といえば、高校時代に先輩から審判の手ほどきを受けるときにうるさく言われた。だから今でもあん馬以外の種目では演技を頭の中で再現できる。
思い出すのは大学2年のとき、もう体操からはドロップアウトしていたから、夏の国体予選のとき、自校の応援席に隠れていた。ところがその年に宮城の教員になった大学の先輩が目ざとくボクを見つけてしまった。本部席に行って何かを話していると思ったらいきなりマイクでの呼び出し。審判が足りないから手伝えとのこと。仕方なく吊り輪の2審として席に座った。主審はⅠ学園のS先生。その先生の学校の2番手かなんかの演技後、ボクを手招きする。ピンときた。そして「ハッシー!低いよ0.3上げて…」と言う。やはりそのことだった。ボクが「難度が足りてないんじゃないですか?」と言うと、「そんなことはない」と答える。そこで手にした速記メモをもとに演技を最初から再現し、「ですからBが1つ足りてませんよね。その分の減点があるからこれなんですけど…」とボクのジャッジペーパーを指差した。速記もしないでいい加減に採点していたS先生は、あわてて他の2人を呼んで修正をし、結局はボクの出した点数が決定点になった。高校生の競技が終わった後、「お疲れ様でした」と挨拶をすると、「全部速記して見てたんだな。審判講習を受けて国内1種を目指せばいいのに…」と言葉をかけられた。でもその頃、意識は体操から完全にチョウチョに移っていた。

とにかく来年のオリンピックまで、今回の代表もそして新たに代表を目指す選手たちも、怪我をしないで励んでもらいたい。そして1次選考は年明けになるのだろうが、少しでも難度の高くなった演技を見せてもらいたいと思う。
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by luehdorf | 2011-10-19 02:10 | スポーツ | Trackback | Comments(8)

愕!

飼育係は毎夜血圧をチェックする。甲状腺機能亢進症を発症した後、病院での定期の診断の際の血圧が高目に出るからだという。リューマチで通っている医院ではそれがないため、いわゆる“白衣高血圧”ではないかと思っているのだが、とにかく血圧チェックのノートを渡され、定時に測定してきちんと記入するということをやっている。
先週の木曜日、「アンタも計んなさいよ」と血圧計をよこされた。いやだった。6月末の事故の際、救急車の中と病院でと2度計られたのだが、2度とも高く出ていて、「普段、血圧が高目なんですか?」と言われ、まだトレーニングの成果が出ていないのか、と感じていたから…。もっとも、救急隊員は「事故にあったばかりだから少々高くてもねぇ…」と言ってはいたけれども…。
気乗りしないまま腕帯を装着してスイッチボタンを押した。吸気で上腕が圧迫される。排気が始まってオヤッと思った。圧の下がり方がいつもと違う。
測定が終わって完全に排気され、表示された数字を見て驚いた。129-89!拡張期(最低)血圧は若干高目ながら、ほぼ正常な値になっている。「これ狂ってないよね?」と問うと、「そんなことはない」との答え。狂っていると疑ったのは、「計れ」と言われたときにタバコを吸っていて、それを吸い終わってすぐに計ったからである。ニコチンが血管を収縮させるのは明らかなことで、ならばタバコを吸った後なら血圧は高くなるはず。
今一度測定すると今度は130-85であった。やっと結果がついてきた。
自転車に乗ろうと決めた一番の理由は、血圧が下げたいということだったから…。35年以上も前、夏の集中講義の病理学で、「WHOの基準は150-100ですけど、これは発展途上国も含めた数値だから、日本の場合は140-90とするのが適切です。そしてあなたたちの親御さんが150を超えていたら、10年くらいのうちに喪服を着る覚悟をしておいた方がいいですよ…」と聞かされた。そのときはアハハと笑っていた。
50を迎える頃、血圧を計ってみると160-100と出た。オイオイ、こりゃ自分が喪服を着せる側になっちゃうじゃないか。一気にパタンといけば未練もクソもないが、脳血管障害で生残るのはイヤだった。周りにいらぬ苦労はかけることになるし…。さらに左脳側に障害を起こせば、右半身の運動障害は当然のこと、併せて発語障害(失語症とも言われるが、言葉を失うというよりも、分かっていながらそれを言葉にできないのだと…)まで起こす可能性が高いと聞いては恐ろしいことこの上もない。
そんなこんなでの一念発起だった。
とにかくまともな状態になってきたのは喜ばしい限りなので、これをきちんと維持していけるようにさらに励むしかないと思っている。
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by luehdorf | 2011-10-11 16:32 | いろいろ | Trackback | Comments(10)

総括…の続き

夏を無事に経過した。
暑さが本格的になり出した7月23日、渋谷までの往復だったのだが、行きに軽い脱水症状を起こした。家を出るときの気温がそれほどでもなかったので、向こうへ着いてから水分補給をすればいいだろうと軽く考えて走り出した。山手線の外側から攻めて、代々木公園を回り込もうと坂を登って信号で止まったとき、地面に着いた足の感覚がおかしい。そしてキャップのつばからも滴る大量の汗。「マズイ!」とすぐに歩道に上がり、道脇の自販機でお茶のペットボトルを買って小休止し、事なきを得た。
仕事場についてからは、近くのドラッグストアで“OS1”、そしてコンビニで1ℓカップ入りの氷を買い、ドバドバッと注いでキンキンに冷えたやつをガブ飲みして水分を補った。それでもこの日は帰ってから体重を量ると、出がけよりも3kg減。暑さの真っ盛りの運動のすごさを改めて知った次第。
仕事用のズボンとシャツ、着替えのTシャツと汗拭き用のタオル(これは水にユーカリオイルを垂らしたものに浸し、汗を拭いてそれが染みても臭くならないように工夫した)をザックに詰めるから、仕事に必要なものも含めて結構大荷物になった。あとはサイドポケットに梅エキスの入ったキャンディ。
その後少し賢くなって、コンビニの冷凍庫にあるチューブアイスの凍らせたヤツなんかを買って、それをタオルでくるんで持ち歩いた。これは正解。タオルのチューブに当たっている部分が凍り、顔を拭くときなどにものすごく気持ちがいいのである。
さらに飼育係が昨年買っておいたとかいう、保冷剤を入れて首に巻くバンドも見つけた。早速使ってみると首の後ろ、いわゆる“ぼんの窪”の部分がきちんと冷やされるのでとても快調なのである。ただ難点は30分ほどで溶けてしまうことで、「片道切符」なのだ。行った先に冷凍庫があれば好都合なのだが…。
いろいろと対策を講じて8月、9月を乗り切った。8月からは新たな依頼で白金方面へ行くことになり、これで走行距離は伸びた。上京して40年、行ったことがあるのかどうか記憶にすらない、青山とか麻布とかを自転車でカッ飛ぶのは気持ちのいいものだった。
ただ、8月半ばになってメーターに不具合が生じた。本体がおかしいのか、センサーが悪いのか、しっかりと読まなくなってきたのである。ひどいときは往復30km超を走っているのに記録は10km足らず…。自転車屋に伝えると、メーカーにクレームとしてあげて一式取り寄せるという。
結果は本体の不良。メーター自体の総距離数などはリセットされるが登録サイト上では前の機械からの累積になるという。それで一安心。
そして9月30日現在、累積は1590km余りで、機械の不具合で記録されなかった部分を少なく見積もっても1600kmを超える。これで↓の月平均170kmが200kmに伸びてくれた。
まぁ、よく頑張ったと考えよう。
身体がやっと分かってくれたのだろうか、体重にも反映されてきて9月末で3kgほど落ちて安定している。目標は四半世紀前の65kg。まだまだ10kg余りのオーバーだから道は険しい。
でもうまくいきそうな気もしている。それは、疲労感があって身体が重く感じられるとき、日和りたい気持ちを振り切ってとにかく乗って走り出すのである。そして思い切り踏んだりゆっくり走ったりの、インターバル・トレーニングの手法を応用していると、15分ほど過ぎたあたりから次第に快調になってくる。これはいわゆる“ランニング・ハイ”と同じ状況であろう。どうやらやっと“脳内麻薬”が分泌されるようになってきたようだ。
この状態を作り上げられるかどうかが「永続」の課題で、1年で何とか「走る=楽しい」という回路が出来上がったみたいだ。だから目標の達成だって年内とは言わないけれども春までには、と…。
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by luehdorf | 2011-10-04 00:41 | いろいろ | Trackback | Comments(2)