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仮説・絶滅のメカニズム

 5年前、鉄兄イが「ついに産まなくなっちゃった」と…。大学卒業時から累代飼育をしてきた三重・経ヶ峰のギフが絶えてしまったというのである。
 前年にも1頭のメスが100卵ほど産んで、スキー場の開発でやられてしまった原産地へ逆送していたくらいだから、本当に突然の出来事だった。
 30年もの累代だから、何か変な形質が現れるかというとそういうこともなく、ちょっと黒めの愛知・三重系のギフがいつも出ていた。だからボクなんかは、年1化のチョウチョは累代に強い、などと思っていたくらいである。そしてこのような「兄妹交配」でよく現れる「メスばかり生じる」ということもなかった。
 しかし、この現象は「血が濃く」なったことに原因があるのは疑いもない。
 野外で同じような例があり、池田さんが室内実験に使ったヒメギフ個体群がそれである。長野・蓼科にある都立小松川高校の山荘近くの、とても狭いエリアに隔離されたグループだった。ボスの還暦祝いで池田さんと会ったとき、「そういえば、蓼科のヒメギフは今も採れるんですか?」と聞くと、「いやぁ、あれね、何か分かんないんだけどいなくなっちゃった。サイシンはいっぱいあるんだけど…」という。「誰か入ってみんな採っちゃったんじゃない?」、「いやぁ、簡単に入れるところじゃないから不思議なんだよ…」。
 一つの仮説が浮かぶ。狭いエリアの個体群は累代飼育と同じような交配パターンを生じる確率が高くなり、繁殖に不利な劣性遺伝子の蓄積がある割合を超えるといきなり「産まなく」なって絶滅する。
 そうすれば草原性のチョウチョや食草依存の高いチョウチョが、草原の縮小や食草の刈り取りなどによって他の個体群から隔離され、「兄妹交配」の確率が高まってくることにより絶滅にいたるという図式も描ける。
 鉄兄イのギフは最初のときから「兄妹交配」だったが、野外では徐々に「兄妹交配」に移行していくだろう。したがって繁殖に不利な遺伝子の蓄積も緩やかなものになり、50年とか100年の時間でそれが進行していくのではないだろうか。
 分子レベルで見ることが簡単になった昨今、狭いエリアに生息するチョウチョのDNA解析をして、その個体群のチョウチョがどれだけ近い「血縁関係」にあるのかを見れば、絶滅のメカニズムが解明できるのではないだろうか。
 もしボクの仮説が証明できれば、少なくとも白馬のギフは絶滅しない。あの広い村域に満遍なく分布し、完璧に孤立した個体群がないからだ。
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by luehdorf | 2008-05-15 00:27 | チョウなど | Trackback | Comments(15)

信濃ギフ

 4月28日、以前通りかかって偶然に見つけた南木曽町のあるポイントに出向いた。絶好の陽気なのに全くの姿見ず。食草はあのときよりもいっぱいあるのに、この10年でどのような変化があったのか? 来年以降、もう少し密に探してみようと思う。
 5月3日、白馬へ出向いた。いつも入るところに午前8時に到着。気温はもうずいぶん高くなっていた。9時少し前、ペットボトルを口にした瞬間に背後の斜面から足元に降りてきた。あわててネットを手にするも下のブッシュに入り込まれてしまう。5分後、タバコに火をつけようとしているところで目の前に影が…。脇に挟んだネットのフレームの部分だけを振ったら入った。オスで完品。どうも何か他の事をやろうとするタイミングで飛び出してくる。
 例年なら、林道からこのポイントに入る道沿いに登ってくる個体があるのだが、今年はそれが見られない。視点を背後の林と東の鉄塔への道に移した。林の中に動きがあった。大き目の個体が下りてくる。グライディングしながら鉄塔の脇に来たところでネット。メスだった。この頃から活性が高くなり、東から飛来したオスがバンドで、さらにヨッシーへのお土産にオスを2つ追加して納竿。水分の補給をし、タバコを吸いながら飛来個体のカウントしてみると、30分ほどで15頭を数えた。
 10:30、前夜ほとんど睡眠をとらずに出発してきたものだから、少し体を気遣って引き上げることにする。帰途、池田や堀金の「道の駅」に立ち寄って買い物などをし、R20に入ったのが13時ごろだった。宿に入るには早いので、松本・崖の湯周辺のヒメギフを覗くことにする。3年前の5月5日に入り、もうメスの全盛期だったのだが状態の良いオスを含めて5、6頭入れた場所に車を止めると、地元ナンバーのセダンが1台。午後になってしまっているので余り期待を抱かず、ネットのみを持って脇道に入ってみる。やはり翔ばない。200mほど行った空き地の周辺をブラブラしていると奥からネットマンが戻ってくる。声をかけると余りよくないらしい。しかも昼過ぎからは全く姿を見ないという。気になっているところを2、3ヶ所周ってから撤収。
 3日にあれほど湧いていたのは久し振りだった。決して少なくはなっていないことに安心した。
 5月4日、前日に予想以上の成果だったからのんびりと出かける。同じポイントに10:00入り。昨日よりも気温が高い。キャップに汗が染みてくるのでタオル鉢巻に換える。30分ほどの間に飛来したのが3頭。オスばかりなのでリリース。下の道を戻らずに作業路で帰ることにする。浮いた石が多く足元に気を取られる。そのために飛翔個体の発見が遅れ、3頭をカウントするのみ。石のない道に入ったところで足元から舞い上がった個体をネット。メスで、すぐ脇のスミレで吸蜜をしていたところだったようだ。小広くなっているところにはカタクリが咲いている。注意して見るも何もいない。
 車に戻って上流のポイントを目指す。杉林の中にはまだ溶け残りの雪がある。ここでのもう一つの目当てはコシアブラだったのだが全部摘まれている。意地になって奥ヘと歩を進めるもみんなやられている。山菜採りの人たちの執念を感じた。そんな中、陽当たりの良い所に飛来したオスを3つキープして終了。パートナーがお気に入りの、鬼無里の「観音そば」へ行くが「売り切れ終了」。11時開店でまだ1時30分前なのに…!。それなら「いろは堂」のおやきだと車を進めた。季節ものの「ノビル」と「野沢菜」、「あんこ」を頼むと、おまけに「野菜ミックス」が…。これの味付けが何とも絶妙でうまかった。ラジオでの天気予報は明日の天気が下り坂であることをいっている。明日こそは「観音そば」だ。
 白馬に戻り、ちょっと気になっているところを覗く。ここは6、7年前に古い記録で知った場所で、午後に寄ってみたら車を止めた脇でテリ飛翔する個体がやたらと見られたところなのだ。その後、ちょっと気に入らないことがあって見られる数は減ったが、寄れば必ず2つ3つは目にできるところである。ネットだけを手に降り立って林の脇を歩いていくと、木々の隙間から陽が射し込んで明るくなっているところを一直線に翔ぶ個体がある。よしよし。
 ここで気になっているのは、ここのギフが何を食っているかということで、林の西側にはウスバサイシンしかなく、内部と東側でのみミヤマアオイを見ることができる。しかもミヤマアオイの数が余り多くないことから、ひょっとしてサイシンを食ってるんじゃないかと思っている。地面を見るとウスバサイシンはすでに開葉している。中に入ってミヤマアオイを探すと、まだ落ち葉の中に新葉が隠れている状態で、メスの産卵に一苦労も二苦労もしそうなのである。目につくサイシンを片っ端からめくってみるが産んでいない。二週間後くらいに再訪できる時間が取れればいいのだが…。
 そういえば4年前、変なサイシンがあったのでめくってみると、卵つきのサイシンの葉っぱが待ち針で止めてあった。どなたさんかが他の場所から持ってきてここで出そうとしたのだろう。こいつはしっかりと持ち帰らせてもらって家で飼ったらヒメギフだった。蛹になったところで鉄兄イに贈呈した。素性が分からないので鉄兄イは、翌年出てきた個体をギフとかけ合わせ、累代飼育しているのが今年F3にまでなったとか…。「ギフの特徴が強くなってくるんだよね」っていってた。
 宿に戻り、入浴前に体重を量ると、朝湯に入ったときよりも1.2kgの減。朝も昼もそして間食もしっかり摂ったというのにである。汗をかきながら山の中を歩き回ることがいかに重労働なのかを改めて知った次第。
 メタボリック・シンドロームの克服に最良なのは「チョウチョ採り」かも…。
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by luehdorf | 2008-05-11 18:03 | チョウなど | Trackback | Comments(22)

ボクのモノサシ

 馬齢を重ねても「へそ曲がり」は直らない。どんどん曲がっていって360度になればまともになるのかもしれないが、175度辺りで止まったまま…。
 山形・大石田がルードルフィアの採集禁止を打ち出したのは20年ほど前だったろうか?確か、彼の地に住み着いた外国人の陶芸家かなんかが言いだしっぺであったと記憶している。その後、いろんなところが同じような措置を講じ始めた。
 しかし、多くのところが単に「天然記念物」に指定して「採集禁止」にしただけなのである。
 白馬が採集禁止にしたばかりのころの出来事。某所で春の陽射しの心地よさに思わず横になってしまっていた。背後の林で不気味な物音がするから起き上がると、猟銃を構えたオッサンが…。「ヒトですよ!」って声をかけると、「ビックリしたよ」と…。ビックリしてるのはこっちの方なのだが、オッサン、ボクの脇のネットに目をやって、「ギフチョウは採っちゃいけないだ」と…。「そんなに少なくなってます?」と問うと、「いやぁ、見たことないんで分からん」…。そこへちょうどよく翔んできたのでネットに入れて見せてやった。「なんだこんなヤツなのか」だって…。さらにその後、すぐ前のスミレの群落にちょこちょこと翔んで来るので、「モンシロチョウよりも多くいるでしょ?」っていうと、「みんな『少なくなってしまった』っていってるけど、こんなにいるんだ…」と…。行政や「ナンタラ保護の会」の明らかなミスリードの産物である。
 大体、白馬なんかは種指定ではなく地域指定だけでいいはずだと思うのである。例えば、神城からみそら野までサンクチュアリにするとか、駅から八方へつながる道路を境界として、南はダメ、北はOKっていう風にすれば、いまだに「イエローバンドはギフチョウの亜種で…」とかいう訳の分からないことをいったり書いたりしている、故A氏の子分の連中だって無駄な労力を費やさなくて済むと思うのだ。
 また、平成の大合併で町名が変わったのに、いまだに旧町名の看板を直していない所もある。これなんか、指定のしっぱなしで何もやっていないことが見え見えだ。
 ボクは行政などのこういう姿勢を「採る」か「採らない」かの判断基準にしている。きちんとした調査や管理がなされているなら、そのデータを壊すようなことはしてはならないので手出しはしない。看板や何かを置いてるだけで何の方策も講じていないところは採って構わないと思っている。
 12,3年前、飯田に出向いたとき、案の定監視ボランティアの老人がやってきて高飛車にものをいってきた。三角缶を持たずネットはたたんでいてカメラだけで追っていたのにである。谷を挟んだ向かい側の斜面に重機が入っていたので、「あっちのギフはいなくなってもいいんだ」っていうと、声音が弱くなった。そのとき聞いたのが、当時の飯田市のギフ保護の予算は年間30万円…。何ができるんだろうか?この次にくる機会があったら採ろうと思った。
 赤城のヒメギフのように発生個体数のカウント、産卵数のカウントなどがきちんと行われ、そのデータ集積がなされているところにネットを出してはいけない。そうやって集められたデータは、いずれ他のどこかが同じことをやる場合の基礎データとなるからだ。しかし何にもやっていないところは、黙っていても木が繁ってきたりしてて環境が悪くなり、自然にチョウチョがいなくなってしまうのだから、採ってあげればいいのだ。
 そうやって採ったチョウチョを一番大事にするのは「チョウ屋」なのだから…。
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by luehdorf | 2008-05-11 02:16 | チョウなど | Trackback | Comments(2)