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師(1)

 小学1年生の夏休み、我が家の窓越しにおフクロと村田さんが話をしていた。村田さんは当時高校生になったばかり、多分、「高校生活はどう?」みたいなことを聞かれていたのだろう。
 何せ彼はおフクロのお気に入りの男の子で年に似合わぬ落ち着きを備えていた。そんなだから、あちこちで何かあると必ず絡んでいた落ち着きのないガキのボクは、「すさっさん(久さん)を見習え!」といつも叱られていたのだった。
 ふと視線を移した村田さんが、「…君、網!」と叫んだ。机の脇においてあった網を手渡すと、脱兎のごとくかけていき、程なく息を弾ませて戻ってきた。手には真っ黒なチョウが…。「クジャクチョウ…」、整わぬ息から搾り出された言葉とともに、翅を広げて見せてくれたのだが、それを見て背筋に衝撃が走った。
 夏休みになって、そこらの虫を採ってきては干からびさせていた。適当に箱に並べて「昆虫採集しました!」って言えるから…。でも机の周辺で干からびさせている虫とクジャクチョウは月とスッポンだった。村田さんも中学のときに1頭捕まえただけだという。でもそんなのに構ってはいられない。「頂戴!」と言ってしまった。そうしたらあっさりと、「いいよ!展翅してやるから」。
 夏休みも終わった9月の半ば、バターピーナッツの容器(蓋が白で身が透明だった)を逆さにし、蓋の部分にコルクを貼り付けてピンを刺したクジャクチョウをもらった。宝物だった。ボクが初めてクジャクチョウをネットに入れたのはそれから6年後、中学1年のときだった。少し村田さんに近づいた気がした。
 中2の秋、急に宮城に引っ越すことになり、慌しい中であの標本がどこかにいってしまった。でもそれが村田さんからの卒業だったのかも知れない。岩手にいる頃は、折に触れてチョウチョ採りや標本作りの指導をしてもらい、いわば「ムシ屋」の基礎作りをしてもらったようなものだったから…。
 東京に出てきて10年余り過ぎた頃、住まいの近くの本屋で、何気なく手にした本の写真に目が止まった。キャプションの最後に「撮影 村田久」とある。岩手での釣りに関する文章だったから気になって出版社に電話を入れた。やっぱりそうだった。電話番号を教えてもらってすぐに電話した。電話の向こうの声は、相応に年齢が加わってはいたが村田さんだった。「まだチョウチョやってるんですよ」と言うと、「ホントか?もう30年にもなるべや…。オレは魚ばっかり相手にしてっけど、春先にヒメギフチョウを見かけるとやっぱり『ン?』て思うなぁ」。そう、村田さんの文章には、魚釣りのときに接する周辺の動植物の様子が生き生きと描かれている。「ムシ屋のしっぽ」が残っているからだ。
 JRに勤めていて、定年のちょっと前からFM岩手でDJをやっている。現在の番組は「イーハトーブ釣り倶楽部」。仕事に疲れたとき、Podcastで聞くと、岩手訛りを残した訥々とした語り口が昔を思い出させてくれる。
 一生付き合える趣味を教えてくれた師、村田久さん。そしてクジャクチョウはいまだに夏の高原でボクをときめかせるチョウチョである。
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by luehdorf | 2007-11-16 02:48 | チョウなど | Trackback | Comments(5)