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呑ん兵衛誕生!

1970年3月1日早朝、東北本線の小牛田駅上りホームに、見送りの母とともに特急「はつかり」を待っていた。あれやこれやと気遣う母をよそに、約5時間後には“トーキョー”に足を踏み入れるのだと言う高揚感に浸っていた。
ホームには人はまばらなのに、跨線橋からぞろぞろと一団が降りてきた。よ~く見るとその中心に“同期の星”のA川君がいる。きちんとネクタイを締め、スーツを着込んだ父親、普段着の母親、そして我が母校の事務職員をやっている彼のネェちゃん。最後にくっついていた巨体を見て驚いた。数学のKトちゃんではないか…。そういえば前年、職場結婚でネェちゃんを嫁にし、A川君とは義理の兄弟になったんだっけ…。
Kトちゃん、ボクに気づくと気まずそうに目を伏せた。あっさりと、「あっ! ハッシーも今日発つのか。頑張ってこいよ」とか言えばいいのになぁと思った。そしてこの日は卒業式。Kトちゃんも朝早く起きて義理の弟の見送りをし、それから式典に出るって、何て大変な1日を送らなきゃいけないんだと同情した。
因みに我が家は、親父が代理で卒業証書をもらいに行ってくれたのだが、帰省したときに出た話は、謝恩会でH君の父親と楽しく呑んだということだけで、卒業証書がどうなったかは知らない。40ン年たった今も見たという記憶がない。普段全く呑まない親父が、呑んで楽しく語らってきたということの意外性の方がインパクトが大きかったので…。
どうやら向こうは父親も同行しての受験のようで、一人で出向くボクは、何の根拠もないけれど合格できるような気がしてきた。
幸い乗る号車が違っていたから助かった。だって、年明けにタバコを覚えたものだから、車窓の景色を眺めながら一服するのに、近くに知り合いがいたら気詰まりだもの。
東京での宿は学寮だった。前年にクラブの先輩のSさんが、ボクの志望と同じところに入学し、暮れに帰郷なさった際、「試験のとき、何処に泊まったらいいですかネェ」と相談すると、「寮のオレの部屋でもいいぞ!」とおっしゃってくださった。何とラッキーなことか。宿代がタダ!
上野駅でSさんと落ち合い、山手線、東武東上線と乗り継いで寮に着いた。
旧陸軍の兵舎をそのまま学寮にしたとかで、敷地の西側にはおよそ5m四方のコンクリートを打ったところがあった。何と高射砲を据え付けた場所だと言うのである。
部屋は4人部屋、新学期から3年になるOさんと、後の3人はみなSさんと同学部の同期生。まぁそれも当然のことで、前年は、「安田講堂」の闘争の影響で東大と我が大学の体育以外が入試をやめちゃったんだから…。だから寮には体育の新2年生がわさわさといて、Sさんに連れられて挨拶に回ったのだがコレが大変だった。
4人部屋に4人いて、どこで寝ればいいんだろうと思っていたら、Sさんは同期の人たちが2人でいる部屋があり、そこで色々“つきあい”があるから大丈夫だと。まぁ、夕食を食べてのんびりした頃にその“つきあい”が分かった。夜に寝るヒマなんかあるわけがない。
半日を過ごし、いたく気に入ったもんだから、合格したらここに入ると決めた。
何せ4棟で300人余りの学生がいる。近くのお店にとってはビンボーな連中でもお客さんだ。定職屋が2軒、1軒はちょいとオシャレでいいものを出すところだった。それでも天ぷら定食¥120だから…。もう1軒は朝の5時からやっているという、何とも便利なところで、卵納豆定食¥65!
銭湯も寮生割引があったし、こういう所もあるんだよ、って連れて行かれたスナックも、リーズナブルなお値段だった(このときは「試験の前だから…」って呑ませてもらえなかった)。
3日に始まった学科試験が5日に終わり、やれやれと思って寮に帰ると、H島さんが、「おい!ハッシー君、ちょいと買い物に行くよ」と…。二つ返事でついていくと、メモ用紙を見ながら日本酒だレッドだと買い、荷物をこちらに渡してくる。「H島さん、こんなに呑むんですか?」と尋ねると、「いや、君の『合格祝い』だって…」。「ハァ?」である。翌日から2日間、まだ実技試験が残っているのに…。
つまみだなんだも買いこんで戻ると、部屋長のOさんも帰ってきていた。「Sから聞いてるから…。君は絶対大丈夫だって。だからこれからお祝いね」。実は身体も立派で性格も豪快なOさん、ボクはてっきり体育だと思っていたのだが、何と教育、しかも障害をもつ子どもを相手にする「特殊教育」が専攻なのだと…。
夕刻になると、部屋にはぞろぞろと体育の先輩方がやってきた。口々に「実技?んなモン何てことないヨ。学科で終わっちゃってるんだから。今日呑んで、少しリラックスした方がいいよ」とおっしゃる。ならばなるようになれである。有難く頂戴することにした。
最初に口にしたのはレッドのストレート(チェイサーなし)。いがらっぽい感じがしたので、薬缶の水を入れようとしたら、柔道部のMさんに、「ウィスキーは生のまま呑むもんじゃ」と…。お酒の燗は一升瓶から電気ポットにゴボゴボ入れて、沸騰寸前にコードを抜く。湯のみ茶碗に注がれた熱燗は鼻にツ~ンとアルコールが…。
でも慣れいや酔いは恐ろしい。徐々に手酌でやるようになってしまった。体操部のNさんが、「得意技をやらんか」と振ってきたものだから、調子に乗って床にうつぶせになり、そこから勢いをつけずに倒立に上げるという、当時の最高級難度(Cですな)の技をやったら、「お前、力だけなら○さんに勝てる」と、酔ってるとはいえ、オリンピックチャンピオンの名前を出してきた。
近隣の部屋にはさぞかし迷惑なことだったろうが、大騒ぎはどんどんエスカレートしていった。途中、呑むのは初めてでペースを知らないボクでも悪酔いの兆候を感じた。「トイレ行ってきます」と中座して廊下に出ると、床が歪んで見える。何とかトイレにたどり着き、胃のひっくり返るキツ~イ初体験。すっきりして洗面所に行き、冷水で顔を洗ってうがいをするとずいぶんと楽になった。帰りは廊下の歪みも小さくなっていた。
戻って湯飲みに残っていた酒を空けた。何せ注がれた酒は全部呑まなきゃいけないと教えられたのだから…。そしてまたポットから酒を注ごうとすると、正面で椅子に座っていたTさんが、「お前大丈夫か?今部出してきたばかりだろ?」と…。「えっ、分かります?」と応えると、「だって顔色が悪いんだもん」。酔っ払いの状態が顔色で分かるということを教えられた。「すっきりしたからもう少し…」と呑み始めたら、「コイツ、ホントに呑ん兵衛になるよ」と評された。
日付が変わる頃、「おぉい、オレたちは寿司屋(1人前¥300のところが、線路の向こうにあった)で呑み直すから、君は明日に備えて休みなさい」とOさんが言う。楽しさにも酔っていて「ボクも行っちゃだめですか?」と言うと、Sさんに「一応、明日も試験に行かなきゃなんないんだから寝ろ!」と厳命され、ベッドに押し込まれた。
そこから朝どうやって起きたのかまでが記憶の“ミッシングリンク”になっている。とにかく試験場までは行った。ひどい二日酔いで頭はガンガンするし、胸はムカムカ。運動着に着替えてグラウンドに出ても、まともに足が地に着いていない。
最初はハイ・ジャンプだった。砂場の前に受験番号順に整列させられたとき、自分の周囲にちょいと空間があった。そしてバーを見ると2本に見える。後ろの方に同じ高校のJがいたので手招きし、やってきたところで「バーが2本に見えるんだよな」と言うと、「お前、昨日何やったの?やたら酒臭いんだけど…」。酒に酔うと、呑んだ日だけでなく翌日も辺りに迷惑をかけるのだということを学んだ。事情は説明したが、2本に見えるバーについては説明してくれなかった。高い方を跳べばいいや、って開き直り、2回目で140cmまでクリアして後はパスした。
その後は砲丸投げを登録していたのだが、1種目でいいってことで終わった。球技も同様で、2種目登録したうちの1種目だけやればいいってことで、先輩たちが言っていた「実技は形式」が裏づけられて気分が楽になった。
昼食を抜き、体育館に行って1時間ほど器械に触って汗をかいたらしっかり酔いは抜けた。気分が良くなって寮に戻り、Sさんに、「今日は呑まないんですか?」って聞いたら、「お前、バカ!味しめやがって」と叱られた。
翌々日、田舎に戻る前に、皆さんにお世話になった挨拶をすると、「今度は入学祝いをやってやるからな」と苦笑交じりで言われたものだった。
発表前の“合格祝い”を企画なさったOさん、今は北関東のI大学の教授としてご活躍。顔色で心配してくださったTさんは、全国高校校長会の会長までおやりになって昨年定年。ウィスキーは割るもんじゃないとおっしゃったMさん、故郷広島で教鞭をとり、広島県高体連の柔道部の委員長、そして障害をもつ子どもたちへの柔道の指導と力を尽くされていたのだが、3年ほど前に鬼籍に入られた。我が先輩のSさん、大学を終えてから鍼灸を志し、高田馬場で開業なさっている。
皆さん、40年以上前に、受験生に酒を教え、とんでもない呑ん兵衛を作り上げてしまった出来事を覚えてらっしゃるだろうか?当然、忘れてんだろうなぁ。
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by luehdorf | 2012-11-15 01:50 | 酔っ払い | Trackback | Comments(7)

あ~あぁ~!

11日朝、読売新聞を開き、口に入れたコーヒーを噴き出すほど驚いた。白抜きの『iPS心筋を移植』の見出しが一面にでかでかと載っていたから…。
1面そして3面の記事を読めば、オイラのような素人には「な~ぁるほど…、そうやったのね」と思わせる内容だが、動物実験はいきなりブタ。そうかなぁ?マウスでは何でやんなかったの?そしてブタでやった結果はどうして公表しなかったの?と疑問が湧いてきて、ヤバイのかも知れないなぁって思ってたらかくのごとき大騒ぎ…。
森口たらいう御仁は、何が目的でこのような“妄想”を口走ったのか分からないが、一番お粗末なのはこれを書いた記者、そして一面トップにすえることを決めた編集の責任者であろう。誤報であることを認め、小さく「おわび」を載せた後、14日に「日経だって毎日だって…」みたいな検証記事が出た。何?それで自分たちの責任回避をするつもりなのかな。
「ipsによる心筋の実験データはありますか?」と、慶応だって奈良県立医大だって阪大だって、iPSの研究者に、「こんなことが…」ってお伺いを立てれば、「知らないよ。記事にするのはマズいんじゃないの…」ってアドバイスをもらえたはず。何も功を焦らずにきちんと裏づけをとればよかった事なのだから…。
今の新聞記者って、そういう基本すらちゃんとやらないんだねぇ。
さらに笑えるのは、おかしい!ってなってからのメディアの姿勢。まるで“正義漢”気取りなんだもの。みんなして吊るし上げている。いい加減にしろよ、お前さん方のその“風見鶏的”な態度はまっぴらごめんだね。やってることはガキどもの“イジメ”と大差ない。(森口某を擁護するつもりは全くないけれど…)
大体において、『医科歯科の看護科』の出だということだけで、いわゆる“医療行為”ができないことは明白なのだから、ヤツの言っている「心臓の30箇所あまりに注射して…」の件も、「アンタにはできないでしょ?」って突っ込めばジ・エンドなのだ。
それなのに「パスポートがど~たら」、「資格がど~たら」とぐじゃぐじゃやっている。あんな会見なんぞ、「きちんと説明できてないから終わりね」って、さっさとメディアが引っ込んじゃって、「コイツ、大嘘つきですよ」ってだけ報道すればいいだけなのですよ。レポーターだカメラクルーだとわざわざアメリカまで大人数を送って、何とも時間とカネを浪費していることか。
あんな大ボラふきのことははどうでもいい。脇のホントに甘い読売を何で叩かないかネェ。“メディアの“互助会”なのかなぁ。
今の時代、ネットを使って簡単に色んなことが調べられるでしょう。「◎◎にこんな論文を…」って言われたら、それを探すのなんて昔に比べたらずっと楽なはず。
それすらせずに、相手の言うことを鵜呑みにしてたのでは、「振り込み詐欺に気をつけろ!」ってなキャンペーンを張られたって、「お前こそ騙されんじゃネェよ」っていう突っ込みが入ろうというものである。
そしてあの『読売』が『東スポ』とあまり変わらないという気がしてきて、この後の購読の更新をどうしようかと迷っている次第。
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by luehdorf | 2012-10-15 23:40 | 酔っ払い | Trackback | Comments(2)

宵っ張り…

最近でこそ明るい時間にいろいろとやれるようになったが、元来は完璧な夜型。
とにかく周りが明るかったらまるで集中できないので、受験勉強も深夜放送を聴きながら、手元だけに光を当ててやっていた。
ボクが聴いていたのはニッポン放送で、深夜1時からは当然『オールナイトニッポン』であった。(これ、公式には’67年10月に放送開始となっているが、’66年10月ではないか? 転校のためにまるで習わなかった“江戸時代”を苦労した記憶に、大好きだったパーソナリティ、常木健夫さんの声がハマっているから…)
その前の時間帯に聴いていたのは、『フレッシュイン東芝 ヤング・ヤング・ヤング』と『荒木一郎の星に唄おう』で、前者のDJは亡くなったマエタケこと前田武彦さん。一般から曲を募り、最優秀になったのが「今日も夢見る」だった。葉書を送れば楽譜つきの葉書をくれるというのでもらった。これより20年ほど後、仕事場の後輩でフォークやGSの好きなT君に、「こんなのあるんだけど…」って見せたら、「欲しいですけどガマンします。マニアに売れば絶対に葉書の値段の500倍以上(もらったときはまだ葉書が5円)になるはずです」と…。あれからさらに20年以上経っている。果たして今はどれくらいになってるんだろう。

この曲を歌った万里村後れいとタイムセラーズ、まだお元気に活動なさっているとか…。
後者は後々にいろいろと物議を醸すことをおやりになった荒木さんが、おとなしめに語り、そして曲をかける番組。テーマ曲だったのかなぁ、「梅の実」がすごく印象に残っている。楽譜起こしにハマッたとき、記憶を元にして作ったのがあるのだが、今聴いてみるとイントロがちと違っていた。

’69年になり、これらの裏で東北放送が独自の番組を立ち上げた。その中で、よせばいいのにリクエストでのランキングをやり始めた。
何せローカル局である。いたずら好きの高校生の餌食になった。どうも端緒は我が高校の仲間たちのようで、組織票(40枚も葉書を出せば1位になっちゃう)で校歌をランキング入りさせた。最初は「残念ですが音源がないのでかけられません」とかやっていたが、やがてベスト5が県内の高校の校歌になってしまってあえなくランキング自体が消滅した。
その末期に、“伊賀の影丸”という名前で、「昨今のF高校の学力低下は、校歌をランキング入りさせるために夜な夜な葉書ばかり書いている暇なやつらが多いことが原因…」とか書いて投稿したら、即読み上げられた。翌日、同じクラスの陸上部のEに、「ハッシー、昨夜のアレお前だろ」と…。「よく分かったな」と言うと、クラスノートに書き込むボクの文章のタッチと同じだと。さすが“文転”して正解になったヤツである。
最近は全く深夜のラジオを聴かなくなった。パーソナリティのラインナップを見るまでもなく、ゆったりと音楽を楽しむ番組ではなくなっているようだから…。
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by luehdorf | 2012-03-23 02:32 | 酔っ払い | Trackback | Comments(12)

還です…

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N様のブログみたいだなぁ~(笑)。
ピントがうまく合ってくれない。

午後、仕事に出向いたら、No2のI氏と若いO君が、「ハッシー、これ…」と細長い包みを出す。
「えっ?」。「誕生日、しかも“還暦”でしょ。ささやかに用意させてもらいました」と…。
びっくりした。
ありがたく頂戴して我が領土へ向かうと、今度はチョコレートが3箱。
ロッテの『ラミー』が2つと『バッカス』が1つ。これはもっと若い連中からの、やはりメッセージつきで…。

うれしいものですね。
明日は休みだからのんびりと飲らせてもらうことにします。

この仕事場、一昨年に前任者が突然辞め、八方手を尽くして人探しをしているとき、知人を介して何とかならないか?と連絡をしてきた。
こちらの空いている曜日を知らせると、合わせるからすぐに入ってくれとのことで、世話になるようになった。
呑ん兵衛のI氏は、「一番困っているときに助けていただいて…」と一席設けてくれ、さらにこんなプレゼントまで…。
ボクからすれば空いている時間を埋めてくれた“有難い所”と、逆に感謝しているのだが…。

お互いに大事にしあっていけば、もっとよい仕事ができるだろう。大切にしよう。

“赤”っていうのは、“還”にかけたO君の茶目っ気だろうなぁ~。
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by luehdorf | 2011-12-24 20:26 | 酔っ払い | Trackback | Comments(14)

還イヴ

あと4時間足らずになってしまった。
ちょうど30年前の23:45を思い出す。「鳥かつ」で、短冊の上の時計を見上げて「あと15分で“三十”になっちゃうよぉ~」と言いながらチューハイを飲んでいた。
そのことがついさっきの出来事のように思い返せるのだ。

幸いに仕事が早く終わった。
23:45まで「鳥かつ」にいて、「あと15分で“還暦”になっちゃうよぉ~」ってやってこよう。
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by luehdorf | 2011-12-23 19:57 | 酔っ払い | Trackback | Comments(2)

クリスマス・イブ…

12月24日、週例会の帰途、”toto”に寄ってしまった。お客が誰もいなかったからである。
「今日はヒマそうで…」と言うと、「皆さんイブだからどこかで楽しくやってらっしゃるみたいで…」と…。「じゃぁ、静かな誕生日を過ごせそう」。「えっ、今日なんですか?」。「そう…」。「ボクは明後日なんですよ」。「クリスマス・ブイってやつですね」……。
タンカレーのロックで始めてゆっくりと飲んでいた。3杯目にケーブル・グラムを頼んだ。これ、まぁウィスキーのフィズで、基本のレシピはウイスキーとレモンジュースにシロップを少し加えてシェークし、氷の入ったタンブラーに入れてソーダを注ぐ、と言うのだが、以前、池袋のショットバーで「バーボンベースのカクテルを…」と頼んだら、レモンの代わりにグレープフルーツを使って、「ケーブル・グラムの変形ですけど…」と出してくれた。これがなかなかにいけるので、「変形」の方を初めて行ったときにお願いしたのだった。
冷蔵庫からグレープフルーツを取り出し、包丁を構えながらマスターが言った。
「高校のときなんですけど、生物の先生に『ソロモンの指環』って言う本を読まされたんですよ」。「あぁ、ローレンツのね。結構面白かったでしょ」と答えながら、アンテナに引っかかりを感じた。
マスターがこの沿線に実家のあることは聞いていた。そこで、「ひょっとして、都立Bの出身?」と聞くと、「えぇそうですけど、分かりますか?」と…。「じゃぁ、その生物の先生ってI さんでしょ」。グレープフルーツを絞る手が止まってビックリした顔になった。
「何でそんなことが分かるんですか?」。それには答えずに「さっきウサギって言ってたでしょ? じゃぁ卒業のときにI さん、Kに異動したよね…」と追い討ちをかけた。
「何で、何で…」と慌てている。人の慌てる姿って面白いものだから、タンカレーをすすりながらニヤニヤと時間を稼いだ。

そして種明かし。
実は、ボクはI さんの息子さんとつながりがあり、よく父親の話を聞いていた。『ソロモンの指環』の話も、ボクがこれを手にしているのを見て、「ウチの親父、Bの生物の夏の課題で生徒に読ませてるんです」と…。そしてこの息子が「丙午」の世代、ウサギとは入学と卒業の関係にあり、息子がB志望だったものだから、入学を機会に以前から誘いのあったKへ異動したという経緯があったのである。
この息子、大学生のときにバイク事故(いわゆる「右直」で、しかも友人が割れたメーターを操作したものだから本人の過失がゼロという信じられない結果に…)で3週間あまり意識不明になるということがあった。そのときには真っ先にボクのところへI 先生から連絡があり、「ひょっとすると助からないかもしれないから、何とか心臓の動いているうちに見に来てくれないか」と言われ、ICUにまで入ったことがあった。
結局、意識は戻り、頭の方の後遺症はなく、大腿部の粉砕骨折と左の薬指・小指の機能障害を残しただけで社会復帰できた。笑えるのは、小指が完全につぶれ、医者は切断を勧めたらしいのだが、居合わせた友人たちが、「先生、この顔で小指がなかったら、この先コイツはその方面の人間と間違えられます。動かなくっても残してやってください」と懇願したのだと…。そのうちの一人と飲んだときに聞かされて、ボクは激しく同意したものだった。
そんな話をしたら、「いやぁ、世間ってホントに狭いもんですネェ…」と落ち着きを取り戻し、うまいケーブルグラムを作ってくれた。
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by luehdorf | 2011-03-01 00:27 | 酔っ払い | Trackback | Comments(6)

新規に…

今の住まいに越してきて4年が過ぎた。ほぼ四半世紀ぶりに戻ってきて、街の様相はずいぶんと様変わりしていた。
4年前、暇なときにブラブラして、「あっ!ここはまだやってるんだ…」などと街角ウォッチングをしているときに、少しばかり気になる店を見つけた。
我が「青春の跡地」の南を走る道路沿いの小さなスタンドバー。仕事の帰りなどに前を通りかかると、店内には白熱電球の柔らかい光が点っている。外から見る限りではあまり混んでいるようでもない。
いつか行ってみようと思いながらタイミングがつかめずにいた。
昨年暮れの月曜日、朝から阿佐ヶ谷と池袋のピストンで、帰りが日づけの変わる頃になるスケジュールになった。移動の時間が1時間弱しかないので「じてつう」がちときつい。「メシはテキトーに済ますよ…」と電車で出かけた。
帰りに最寄りの駅に降り立ち、「どこがやってんだろう?」と歩いてみると、ラーメン屋ぐらいしか開いていない。「鳥かつ」以外の居酒屋や赤ちょうちんには入りたくないし…。そのときに閃いた。「あそこへ行こう!」。
ドアの前に立つと先客は一人。「まだいいですか?」と声をかけると、「どうぞ」と…。
カウンターに落ち着き、ワイルドターキーのソーダ割りを頼んだ。トールグラスに氷を満たし、ターキーを注いでしっかりとステアして氷となじませる。そこで「ソーダを入れたらステアしないでください」と言うと、ゆっくりとソーダを加えてくれた。とてもおいしいバーボンソーダだった。
飲み終えてから、「ずっと気になってたんだけど敷居が高くて…」と言うと、「皆さんそうおっしゃるんですよ」とカウンター内で苦笑いしていた。
2杯目、「ジンベースでお勧めのカクテルを…」とオーダーすると、少し考えてからカクテルグラスに氷を落とし、シェーカーを取り出した。「ジンは何を?」と聞かれたので、「タンカレーで…」と答えると、「承知しました」と…。見事なシェーカー捌きでシェークし、グラスの氷を捨てて目の前に…。そしてシェーカーからオレンジ色のカクテルが注がれた。一口すすってみると、あのジンのくせが消されていてすっきりとした飲み口になっている。
「これは何という…」と問うと、「”パラダイス”です」。
気に入った。いろいろと頼んで全部で7、8杯飲んでしまったろうか。飲み過ぎたかなと思いながら勘定を頼むと6000円だという。これには驚いた。池袋や新宿のショットバーで飲むときの半分以下なのだから…。
今年に入っても3度ほどお邪魔している。実は初めて入ったときの先客と面白いカラミがあったのだが、それは続編と言うことで…。
あっと、このお店、名前は「toto」。マスターが魚が好きだからだと言うのだが…。
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by luehdorf | 2011-02-24 23:43 | 酔っ払い | Trackback | Comments(4)

ラッキー缶…

「ゴトン」という音とともに金色の缶が落ちてきた。もしやと思って急いで取り出してみるとまさに…。
昨年、P様のブログに「ウルトラマンサイダー」が出ていた。ボクも時折買っていたのだが、いかんせんウルトラマンには疎いのでただ飲むだけだった。
年が明け、同じ自販機には「仮面サイダー」と「ウルトラ大怪獣レモネード」がラインナップされていた。炭酸系の好きなボクはどうしても「仮面サイダー」に傾いてしまうのだが「ショッカー」が出てきてくれない。
そんなこんなしていて5月になり、「ミッションHG」で出かけた際、宿の自販機で見つけたものだから、N様とP様へのお土産に「仮面サイダー」と「ウルトラ大怪獣レモネード」を買ってみると「ピグモン」が出てきた。そのままP様の車のワイパーにぶら下げて宿に戻ってから「しまった」と思った。写真を撮っておけば…。「ピグモン」と「バルタン星人」と「カネゴン」はお気に入りだったじゃないか。
それでメラメラと収集欲がわき、毎週土曜日に「レモネード」を…。そうやって2ヶ月、まずラッキー缶が出た。冒頭の金色の缶がそれで、何と「カネゴン」なのである。
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喜んでいると、それを見ていた若いのが、「そのシリーズ、ディスカウントショップで売ってますよ」と…。「あのなぁ、いわゆる『大人買い』で手に入れたって面白くないんだって。1個ずつ、何が出るかな?ってやるところが楽しいの…」と強がっていた。
翌週、その若いのが言うには、「ラッキー缶は売ってません」。見ろ、地道に自販機で買ってラッキー缶を落とす方が楽しいだろうが…。そしてその週は「ピグモン」も出た。
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しかしもう一つの課題、「バルタン星人」がなかなか出てこない。この手ごわさにショップへ行ってしまおうかという誘惑にかられる毎日である。
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by luehdorf | 2010-07-06 01:29 | 酔っ払い | Trackback | Comments(10)

Who?

11日の朝だった。やけにだるいので体温を測ってみると、40度2分!ゲッ、オレはニワトリじゃないぞ、と瞬間起き上がった。(鳥類の平熱は40℃、ヒトの平熱は36.5℃、この微妙な温度差であのH5N1ウィルスはわれわれの体内で増殖できないのだとか…。でもこんな状態なら…?)
兆候は2日前にあった。午前中になんとなくかったるかったので、思い立って体温計を使うと8度5分。でも、咳とか頭痛とかのいわゆる風邪の症状がまったくない。タバコもうまいしメシもうまい。パートナーから以前もらっていた「ロキソニン」(こいつには今回ずいぶんとお世話になった)を飲み、倦怠感が軽減したので仕事にも出た。帰宅しても翌日の京都行きがあるから、症状は内緒にして床に就いた。
翌日、京都までの2時間半、黙って読書なんていう無為な過ごし方はしたくない。角のハイボール缶2本と白鶴のワンカップ、氷入りのグラスとつまみを当然仕込んだ。発車前にハイボールをグラスにトクトクと注ぎ、泡がが静まったところで一口…。おかしい?うまくないのである。耳の後ろを触ると熱っぽい。でもこの日の歩いている感じは昨日と違っていたのである。昨日は熱が下がりかけのときでも靴底と足裏の間に何かクッションが入っているような、そして足裏がしびれるような感じがあったのだが、この日は全くそれがなかった。だから全然気にしていなかった。
「参ったなぁ」と思いながら薬やなんかを入れてある小袋を覗くと、あと3錠ある。「よし、名古屋を過ぎたら1錠飲めばいいや…」。
浜松の手前でやっと2本目へ。このときワンカップまでやっつけるのは無理と判断し、ワンカップとチーカマをザックにしまう。名古屋駅のホームに I 様の姿がなく、乗り込んで移動する人たちの中にも見かけることができないので、別便と判断して残り半分をグラスに満たしてその一口目で1錠放り込んだ。
効き目は顕著で、京都に着いたときは何も問題はなかった。N様、I 様との「-2次会」、移動しての「-1次会」、-2次会の終わりのときだったろうか、N様に「セーブしてますね?」と言われたので、「実は…」と正直に話しておいた。0次会の頃にまた熱が上がってきたのだろう。タバコがうまくないのである。そしてビールも…。皆様のペースの半分以下のペースでついていく。そして終了間際に今度はビールでもう1錠。
これがうまくいった。1次会ではペースが上がった。ビールの後にハイボールに変え、いい感じで飲んでいける。「よしよし…」。
楽しいときはあっという間、20時30分過ぎには I 様と、翌日に葬儀を控えているというM様ともども早退。京都駅発21:15の「のぞみ」で帰京し、日が変わって20分後には自宅に着いていた。
結構冷え込んでいたのと4時間あまりの時間が、ほとんど酔いを消していたのだが…。

愕然として、とにかく「ロキソニン」を叩き込み、コタツに下半身を突っ込んでじっとしていた。もちろん風邪様の症状はない。パートナーもそれが分かって、「まぁ、もう若くないってことなのよね」とかのんびりとこちらをくさす。しかし反論する元気がない! 昼過ぎに喉の渇きと尿意を覚えてトイレに行った。用を済ませてトイレを出ると洗面台なのだが、その鏡に妙な姿が映っている。両の上まぶた、それも左などはほとんどふさがった状態の、KO負けしたボクサー…。一瞬目を疑った。「えっ?誰?」っていう感じなのである。そして「何だよこれ!」と叫んでしまった。
ダイニングで本を読んでいたパートナーは、その前にそこで冷茶を飲んだボクに目もくれなかったようだ。大きな声に驚いて「どうしたの?」というから、「ホラ…」とその前に顔をさらすと、「何をやったの?」と…。何もやってない。ぐったり寝てただけ…。
とりあえずタオルを濡らして患部に当てじっとしていた。時間の経過に伴い、頬や額に熱感が散っていった。
夕方過ぎ、まぶたの腫れはいくらか軽減したものの、腫れは顔全体に拡散していた。
これが発生期のお話。

2日経って、熱は平熱に下がり、食欲も出てきたので「2日後」を撮ってみた。
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がんばってまぶたを開いているけどどうですか?これじゃぁ、ボクって分からないですよね。
誰かに似てるよなぁ?ってずっと思っていて、やっと思い出した。昭和30年代の相撲取り、松登!
今回の教訓は、タバコがまずくなるから高熱は出さないほうがいいっていうことと、調子が戻っても、昼も夜も普段の半分くらいで満腹感が出る。これ2日間固形物を口にしなかったことによる、一応、後遺症なのだろうけど、ダイエットにはよさそう。
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by luehdorf | 2010-01-14 01:45 | 酔っ払い | Trackback | Comments(20)

初日の…

2010年元日、きれいに晴れ渡った。
昼前に、「どっか行こうか?」となった。
玄関を出てみると、こんな姿が…。
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間の建物がジャマなのだがトリミングがうまくできない…。

「環7」に入る交差点で、「右?左?」、「右!」ってことで西に向かうと、新しくガソリンスタンドができていて、プリペイドカードだと店頭価格の4円引きで111円/ℓだという。値段もともかく「1並び」が気に入って給油。
これって縁起がいいのかも…。
アクアラインをくぐって木更津にでも、と思ったのだが「海ほたる」が大混雑とのこと…。その他も渋滞マークで赤くなっている。早々に首都高を降りて一般道で都心に戻る。靖国神社なんかすごい人手だった。
帰宅してパートナーが日課を始めたので、こちらも「日課」の態勢に…。
酢だこと煮ブタを切り、かけダレ用に煮汁にとろみをつけ…、なんてことをやっていてふと気づいた。
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逆光補生が上手にできなかったが、まあ「2010年の初日の入り」ってことで…。
呑んで適当に酔っ払って寝入ってしまい、気づいたらいつの間にか2日に…。
今日は風も弱くなっていそうなので、茨城方面で太平洋をかき混ぜてこようか…。

「年(とし)」という便利な言い訳ができたせいか、何事もみな「あとで…」ってなってしまうことが多くなってきた。少し反省しよう。
これ新年の誓い(爆)。
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by luehdorf | 2010-01-02 04:23 | 酔っ払い | Trackback | Comments(6)