一関市釣山公園

東北本線一ノ関駅の西方、1km足らずのところに釣山がある。標高100mにも満たないのだが、かつてはヒメギフの記録もあり、頂上でテリ飛翔をするオオムラサキにはネットが届かず悔しい思いをした。
今はどうなっているのかは分からないが、当時、ボクのよく使っていた入り口から登り始めると、程なく頂上方面と山腹を巻く遊歩道の分岐になった。
頂上方面に行く道の右側には、戦前に作られたプールが、使われることもなく大きな水溜りになっていて、ギンヤンマなどのトンボと闘うのに最適な場所だった。また、分岐の所にはネムが1本生えていて、花の季節にはアゲハ類が吸蜜に来るのだが、これも当時の竿では届かないものだから、指をくわえて見つめるばかりだった。
遊歩道は道脇に小さな水路が沿っていて、これがクロ、オナガ、カラスなどのアゲハ類の蝶道になっていた。よく座り込んで待ったのが、南が開けて太陽が射し込む所だった。それよりも奥に入った神社の辺りで、同級の女のコの兄ちゃんがアオスジアゲハを採った。松島まで行って採ったことはあったが、まさか一関で採れるとは思わなかったから、地方紙にデカデカと載ったのを見てうらやましかった。そのコに、兄ちゃんにいろいろ教えてもらいたいと頼んだら、教えてやるからおいでとのことだった。さぁてと思っていたら、高校の理科実験室で何をいたずらしたのか爆発事故を起こし、指を飛ばしてしまった。これは中央紙の地方版に載った。それでしばらく入院加療が必要とのことで、結局話が聞けないまま、年度末に親の転勤で転校していった。
遊歩道のマイポイントからは1軒の家が見えた。子供心に「あんな所と下を行ったり来たりするのは大変だろうなぁ…」と思っていた。
’74だったろうか、思わぬところでこの家と再会した。音楽関係の月刊誌をパラパラめくっていると、『NSP天野君の生家』とキャプションがついて写真が載っていたのである。「あれ?あそこだぁ…」。
とすれば、磐井川の河原までは遊歩道に下りてきて北へ4~500m。 ♪こんな河原の夕暮れ時に呼び出したりして…♪って、あそこだったのか。

呑むさんの『耶馬溪にて』のオナガアゲハ画像を見て、こんなことを思い出してしまった。

そして

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by luehdorf | 2012-05-19 23:39 | いろいろ | Trackback | Comments(11)
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Commented by nomusan at 2012-05-20 00:25 x
うう・・・
涙でかすんでキーボードが見えない・・・・。
懐かしすぎます、NSP。
デビュー曲の”さようなら”を聴いたのは確か高校1年の時。思いっきりはまってしまいました。
”夕暮れ時はさびしそう”ももちろん良かったけど、あまりにメジャー
ヒットしたので、天の邪鬼な私としては「もっと前から知ってたんだよ。」
って・・・(笑)。

天野さん・・・何でこんなにはやく・・・・改めて合掌です。

Commented by luehdorf at 2012-05-22 12:52 x
呑むさん様
やはり…。

どうもこれは、天野君の生前最後の映像のようです。
心なしか頬がこけているようで…。

彼らがメジャーになる頃、一関でずっと支えていたO君(40歳ちょい過ぎで亡くなりました)が「いいバンドだから応援してくれよ…」と言ってました。
Oとは幼稚園からのつきあいでして、隣の幼稚園との“戦争”にはいつも2人で先頭を切っていました。そして戻ってきて先生にこっぴどく叱られました。また小、中学校時代は、老舗の煎餅店であったOの実家で、できたての煎餅をつまみ食いしながらアホな企みをしました。

NSPにはそんなOとの思い出も甦りますので、ボクもつい目頭が…。

Commented by nomusan at 2012-05-22 22:42 x
その後、大学に入り(S51)、よく遊びに行った先輩が『LIVE 僕らはごきげん』というLPを持っておられて、遊びに行く度にこのLPかけて、手段は覚えてないのですが、このLPをカセットテープにダビングして4年間の愛聴盤になりました。「待っても待っても」、「17歳の頃」、「コンクリートの壁にはさまれて」、「落ち葉は夏のわすれもの」などはここで知りました。このLP、CD化されてないようで・・・あったら絶対買うのに・・・。
その後、ラジオを聴くうちに「弥生冷たい風」や「線香花火」なども・・・。「線香花火」は他にも歌ってる人いるけど・・・やっぱり私には「線香花火」は・・・NSPですねぇ・・・。

そんな想い出が・・・・目頭が熱くなるのも納得です。
Commented by luehdorf at 2012-05-23 00:32 x
呑むさん様
ボクはデビュー曲の“あせ”そして“さようなら”。“夕暮れどき…”はちょっと売れたのでパスし、“雨は似合わない”や“かげふみ”にハマってました。
’80頃、誰かが持っていたLPに、ベースの平賀君が作った“8月の空に翔べ”があり、天野君とは違った作風を気に入りました。
(You Tubeで何とか見つけました)
“線香花火”は存在は知ってましたが、“弥生冷たい風”は呑むさんの記事で知り、音源を探してどちらも一応やれるようにしました。

やはり一度やりたいですねぇ~。(ハモメロの練習もしておくか…)
Commented by itsuki at 2012-05-23 22:36 x
何やら・・・・懐かしい話題で お2人で盛り上がっていますね~~
僕がNSPに嵌ったのは70年代前半頃かな・・・・
「コッキー・ポップ」や「パック・イン」で聞いて オープンリールに録音してました
高1か 高2の頃「お休みの風景」を聞いてジ~~~ンと来ました
北山修さんのパック・インで良く掛かっていたっけ・・・・
20歳の頃 初めて車を買った時 まずNSPのカセットを聞きました
・・・・でも使い過ぎでダァ~ダァ~伸びてしまい すぐオシャカになりましたっけ・・・・・
当時サイドシートに座っていたのが今のカミさんです~~~(汗)^^^^
Commented by nomusan at 2012-05-23 22:39 x
「弥生冷たい風」は学生時代に知って、今でも一番好きな曲かもしれませんねぇ~。
you tube・・・・これは本当に感謝しても感謝しきれない優れものですよねぇ~。知らなかった曲を何曲も知ることができましたし・・・。
そうですね、デビュー曲は「あせ」なんですね。ただ、九州ではおそらく「さようなら」がデビュー曲だと思ってる人が多いんじゃないかな(笑)。

私、自他共に認める音痴でございまして・・・聴かせていただきたく存じます・・・。
Commented by nomusan at 2012-05-23 22:45 x
おっと、書き込んだらitsukiさんがぁ(笑)。
おお、「お休みの情景」、これも好きな一曲です。忘れてたぁ。
”オープンリール”、”北山修さんのパックイン”・・・・・・・歴史を感じますねぇ~(笑)。

>当時サイドシートに座っていたのが今のカミさんです~~~(汗)^^^^
おお、ルーさま、これは次回”G4”でご披露せねばなりますまい・・・(爆)。
Commented by luehdorf at 2012-05-25 00:08 x
itsuki様
何とぉ~!衝撃の告白…。
30ン年の時間を超えてみましょうか?
“G4”では、ギフチョウよりもNSPを優先させますヨ(笑)。
Commented by luehdorf at 2012-05-25 00:14 x
呑むさん様
“あせ”はヤマハのポプコンで発表したんですよね。平賀君と中村君のバックが少しコミカルで…。
“さようなら”はレコードデビューなのかな?
彼らのハーモニーがよぉ~く出てるのがこの曲以降ですよね。
“弥生冷たい風”、最初のサビまでが3拍子、以降4拍子でちょっと趣向を凝らしたつくりです。
でも3番までしっかりとストーリーになっていて…。
確かにいい曲です。

しっかり練習しておきます。
Commented by カトカラおんつぁん at 2012-05-28 14:42 x
すっかり出遅れましたが、NSPは音楽的にはすっかりマイナーな感じの岩手県からのバンドと言う事で陰ながら応援してました。

彼らの叙情性と言うか、あの雰囲気は独特でしたね。
ファークルから始まるフォークブームのまっただ中を青春してきた私には忘れられないバンドの1つです。

天野さんの早すぎる夭折は、ほんとに惜しいひと程早く逝くってことを実感しました。
Commented by luehdorf at 2012-05-29 00:37
カトカラおんつぁん様
カトカラおんつぁん様
>岩手県からのバンドと言う事で陰ながら応援してました。
ありがとうございます。

上述したように、ボクの場合、幼なじみのOとの様々な思い出が甦るバンドなのです。

20年弱前の同級会、2次回以降Oの思い出をみんなで語り合って明け方になりました。始発の列車までの2時間ほど、あるコの実家でお茶を飲ませてもらったのですが、そのコの妹がベースの平賀君の嫁さんでして、前夜、彼のベンツで会場まで送ってもらいましたっけ。
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